第18話 発覚1

 温泉駅周辺でも真っ直ぐ歩けないほどに来場客でごみごみしていたが、出店が横一列に立ち並ぶ宍道湖沿いの国道四三一号線は、その比ではなかった。

 国道四三一号線とは戦友である鳥取県の米子市から妖怪と蟹で有名な境港市、そして我が松江市を通過して、大社で有名な出雲市に至る全長が百キロに満たない少なくとも皆月家には馴染みが深い道路である。親戚の家に行くときは毎回通る道なので、二ヶ月に一度は通る。

 水峡祭当日は宍道湖沿いの一部が歩行者天国となり、市内のみならず米子市や出雲市から来場客が多く訪れて会場が人でごった返す。さっきから俺と姫岬も歩行者天国に足を踏み入れたが、反対から歩いてくる人とバシバシ肩が当たる状態が続いている。

 そんな中で屋台に立ち寄ると、姫岬は何故だか一円も出そうとしなかった。

 どうやら姫岬は財布は持って来ていないようで、うっかり忘れたとかではなく元から持って来ないつもりだったらしい。

「奢ってもらうって言ってたけど、一回だけですよね? あなたはキャバ嬢なの?」

「誰も一回だけだなんて言ってないわよ?」

 これからは確実に言質を取ることにしよう。

 この女の胃袋が満たされる毎に俺の財布が軽くなっていく。

「そろそろ財布がピンチなんですが……」

「あなたの事情なんて知ったこっちゃないわ。それだけのことをしたのだから当然よ」

 私の懐事情はあなたの胃袋にも影響を及ぼすことになるんですが。

 片手にフランクフルト、片手に綿菓子を持つ姫岬は、もはやお祭りを楽しむ純粋な小学生にしか見えない。今回ばかりは本当に子守になりそうだ。

「お前、もしかして碧?」

 姫岬に、フランクフルトからケチャップが垂れそうだぞ。と教えてやろうとした直後だった。

 古くから耳に慣れ親しんだ声色、数人しかいない「碧」と言う男……。

 もしかしてと背筋か伸びて、ゆっくりと前方へ向き直る。

 ……やっべえ、伊織だ。

 姫岬と特殊な関係になっていたことを伝えておらず、本能的にマズいと感じた。

「お、おう! 伊織じゃねーか、部活帰りにお疲れだな」

 そこにいたのは去年同じクラスで、今でも昼休み一緒に弁当を食べているあいつ。

 部活が終わってそのまま祭りに来たのか、白の短パン、白いインクで『紅山高校』とプリントしてあるブルーの練習着を身に付けている。

 制汗剤のミントの香りが強烈すぎて、嗅覚がバカになりそうだ。

 よく見ると練習着の所々にスライディングした砂が残っていて、見た目が兎に角汚らしい。

 だがその目は俺に声を掛けておきながら俺を捉えていない。全く同じの格好をした有象無象も周りにぞろぞろいるが、奴らの目も同じ対象を捉えている。

「まさか、姫岬さんですか……?」

端のロン毛が目を丸くする。その隣のチリチリパーマも続く。

「姫岬さん超可愛いですっ」

「その浴衣めっちゃ似合ってます!」

 続けざまの称賛の最後に、伊織がボソッと呟いた。

「おめでとう。でも付き合うことになったなら教えてくれよ」

「ああー、すまんすまん。てっきりもう知ってるものだとばかり」

「知ってるもなにも、たぶん誰も知らないぞ。少なくともうちの部の奴らは」

 嘘だろ……。それはそれで大問題。俺たちの四ヶ月を揺るがす大問題だ。

 俺と姫岬はこの四ヶ月間、自分たちなりの偽装恋愛関係を築いてきた。校内であからさまに一緒にいることは避けていたものの、休日には市立図書館で半日勉強をしたり、カフェでのデート(一回)、お祭りデート(一回)をしたりして、布教活動は出来る限り頑張ってきたはずだ。

 にも関わらず周知を得られないのなら、無常にも俺たちの頑張りは無に帰すことになってしまう。つまり俺たちは、恋人ごっこをしていただけという事実だけが残ってしまうのだ。

 ただ単に伊織やサッカー部連中には知られていなかっただけの線も考えられなくもないが、典型的な陽キャの伊織が知らないのなら可能性は低いと考えるべきだろう。

「そうか。まあ、そういうことだ。報告が遅くなって悪かったな」

 状況を察してくれた伊織は、「Good Luck」と口にして、姫岬が気になって仕方がない周りをなんとか引き連れて群衆へ消えていった。

「あいつら多分俺たちが付き合ってるって知らなかったぞ」

 姫岬にかなり深刻な事実を伝えたが、当の本人は呑気に綿菓子を頬張っている。

「まあ無理もないでしょ。荒っぽい手段を取るような人間は図書館なんて行かないもの」

「知ってたならもっと早く教えてくれよ……」

 約四ヶ月の努力が泡と消えた瞬間だった。

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