第15話 夏到来
県民の三人に一人が高齢者である街の夏祭りが、今日だけは少し違って映る。
JR松江駅から出雲市方面へ延びる山陰本線の高架線が掠める天神町で毎年催されるこの祭りは、市内の中高生達にとって夏祭りシーズンの始まりを告げる特別な祭りになっている。
去年の夏から溜まりに溜まった一年の鬱憤を晴らすように、数多の少年少女が十人十色の布きれを身に纏って街の一角に集結し、小さなこの田舎に夏の訪れを告げるのだ。
大通りから分岐した商店街には数十軒の屋台や露店が所狭しと並び、太陽が隠れた後でも電球の灯りで道は明るい。時々群青色の夕空に走る特急電車の柔らかな室内灯が、人混みにイラッとした気持ちを穏やかに慰めてくれている。例外的に俺を除いては……。
そんな視覚的情報量の多い中でも一際目を引くのは、やはり浴衣を着た女の子たち。
中学の頃、同じクラスの女子に出会えば、三人に二人は浴衣を身につけていた。
普段はそんなに目立つタイプではない子でも、この日だけは特別可愛く見えたりしたもの。
誰、と理想的なモデルがいるわけではないにせよ、決して食い意地を張るようなことはせず、もっと可憐でお淑やかに振る舞う上品な女性と、願わくば今年は一緒に来たかった……。
「一個くらいくれてもいいだろ? 八個も入ってるんならさあ」
「嫌。これは私が買ったものよ。食べたいならあなたも買えばいいじゃない」
「見てくれの恩恵で五百円が三百円になったんだし、一個くらいケチケチすんな」
「見てくれは十分に自分の努力の成果と言えるんじゃないかしら? こう見えても私は毎日努力しているのよ。なのにあなたは私の努力を無償で得ようとするのね。傲慢にも程があるわ」
「ああ言えばこう言うやっちゃなぁ。ケチな女は嫌われるぞ」
「私はケチよ。ケチで結構。無駄遣いが減ってお金が貯まるからケチは得」
「自分で自分をケチって言うかね……」
今、俺の心情は穏やかではない。まけてもらったたこ焼きを姫岬が分けてくれないのだ。
高架線を通りすぎる特急電車を見ても、狂う気持ちが収まらないのはこいつのせい。
「で、どうする?
このお祭りから二週間後の週末、山陰地方最大級の花火大会である水峡祭が行われる。そこでも布教活動をするかはぶっちゃけどちらでも構わないが、一応姫岬に訊いてみた。今日みたいな感じで布教に勤しんでも良いし、家のバルコニーから遠目で花火を見ても良い。
「私はどちらでも良いわよ。でも行くのなら浴衣を着てみたいわね……」
頬に手をついて、案外真剣に悩んでいる
「なら行くか。俺も去年は勉強漬けで碌に花火も見れてないから」
「飽くまで布教よ。あなたとデートで行くんじゃないから勘違いしないで」
「はあぁぁぁぁぁぁあ? 言われなくてもわかっとるわい!? 見当違いもいいところだ」
実際姫岬の見当違いでもない。真実は逆にそっちの方が近いまである。
分析するのも小っ恥ずかしいが、碌に花火も見れてないからっていうのは半分で、もう半分は姫岬の浴衣に釣られてしまったというのが正直なところ。自他共に認める容姿端麗のお姫様が夏の魔物を身に纏ったらどうなるのか、男として気にならない訳がない。
会場に訪れたカップル全てが終焉を迎えることだって、あり得ない話でもないかもしれない。
「さっきベビーカステラも食べたから結構キツイわね……。自分自身の意思に反して不甲斐ないけど、一つくれてあげるわ。感謝しなさいよ」
「おっ、まじ? じゃあ遠慮なく」
いつもはツンツンした態度なのに、偶にこうして優しくなるのが嫌いになれない姫岬の長所。
「意外と優しいところあるよなお前って」
「なんなの気持ち悪いわよ。少し優しくしたくらいで掌返さないでもらえるかしら」
と言いつつも、姫岬は差し出すトレーを引っ込めない。俺は好意に甘え、小さいサイズのものを謙虚に一つ選んで、はふっといただいた。外カリカリ中とろとろの業務用たこ焼き機でないと作り出せないクオリティで、自然と表情が緩んでしまう。
家庭用たこ焼き機で家族や友人と、あーだこーだ文句を言いながらたこ焼くのも良いが、シンプルにたこ焼き自体の出来を楽しむなら断然こっちに限る。
てかあんた、たこ焼きで二つ目みたいに言ってたけど、りんご飴も食べてるから三つ目だからね? 暴飲暴食しても太らないとは、天は二物どころか六物くらい与えてますよ。
「お礼として水峡祭でジュースくらいは奢ってやるよ。感謝しな」
「感謝はしない。それでやっとおあいこだから」
ありがと〜っ。嬉しいー! と嘘でも言っておけば、もっと高いものが食べられたのに。
浅川くらいあざとく生きてもバチは当たらないはずだし、掟を破った神様泣いてるぞ。
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