第11話 憧れのアレ

 ナイフとフォークをノンストップで進め、三枚中二枚を完食したところで、パフェを豪快に頬張る姫岬が妙なことを言い出した。

「折角の機会よ。お互いの食べ物を独り占めするのは勿体無いと思わない?」

「独り占めって言い方は違う気はするけど、まあそうだな。お前のパフェも正直美味そうだ」

 顔とスタイルだけは一丁前に優れている美少女が食べていたからではない。最初に見た頃から思っていた。テレビCMで美人な女優が食べていたものを食べたくなった心理とは別だ。

「それは私も同感よ。そこで提案があるんだけど、契約上とは言え私たちは付き合ってることになってるじゃない? なら食べさせ合いの一つや二つ、してもいいはずよね?」

「随分柄でもない事を言い出すのな。でも間接的接触が生じるし流石にやりすぎじゃないか?」

 いちごパフェを食べたいのは山々だが、食べさせ合い。所謂あーんをするとなると間接的粘膜接触が生じてしまう。お互いに好き同士でもないのにマジのカップルみたいな行為は出来ない。

 こんな美少女に餌付けされたとなると、我ながら勘違いしそうで怖い。

「心配はないわ。お店の人が気を利かせて食器を二セットづつ用意してくれてるから大丈夫よ」

 そうなると話は別だ。あーんされるスプーンを遠慮なく口に収めることができる。

「なら問題ないな。それなら幾分気が楽だ」

「そうね。間接キス程度で騒いじゃうお子様には大切なことよね」

「うるせーよ。後出しじゃんけんは卑怯だぞ」

「好き放題喚くがいいわ。そこでもう一つ提案があるのだけど、普通にやっても面白くないじゃない? お互いに食べさせ合って、心拍数が高かった方が代金を負担するってことにしない?」

「なるほど、それは面白い。乗った」

 そもそも好きでもない女にあーんされてもドキドキするはずがない。姫岬も同じ条件ではあるが、それを込みにしても千円は軽く超えるスイーツをタダで食えるなら大歓迎だ。

「じゃあまずは私からね。あなたはカメラのレンズに人差し指を置いて待機してなさい」

 姫岬は自分のパフェが入ったグラスにスプーンを差し込んでグリグリ混ぜるようにかき回す。

「準備完了よ。自分を女性に養われる憐れで見窄らしい人間だと思い込んで口を開けなさい」

「そこまで詳細な設定要りますか?」

 姫岬の「いくわよ、あーーん」という合図で、開かれた俺の口内に苺、シリアル、生クリームがバランスよく載せられた魅惑の匙が運ばれる。

 甘味と僅かな酸味、サクサクとふわふわの対照的な食感が容易に想像でき、口に入った途端俺の神経が侵されることに間違いない。新品のスプーンと共に大きな苺が俺の口に収まった。

 ……美味い。んん? 美味い?

 一回一回噛みしめる度に冷えた苺とサクサクのシリアル、甘ったるい生クリームの混ざり合った強硬な味が口の中に広がって、本来なら味覚に集中している……はずだった。

 はずなのに無意識下で目がある一点へ吸い寄せられる。

 視線の先、そこには慎ましやかなお椀型の肉塊がテーブルに鎮座していた。

 服の皺か、本物のおっぱいか……。いや、絶対後者だろう。 

 俺の口まで手を届かせようと、目一杯腕を伸ばしていたことで姫岬がテーブルに身を乗り出す形になり、連鎖的に可愛らしいお胸が存在を現した。と推測できる。

 うぅーん、最大限の敬意を払って肉まんより一回り小さいあんまんサイズだろうなぁ……。

 けど悲しまなくていいはずだぞ姫岬叶愛。お前は可愛いし、胸を除いたスタイルもいい。男の皆んなが皆んな大きい方が好ましいとは考えてないし、悲観する必要はないと思う。

「どう? 美味しい?」

「え? あ、うん。そりゃね。パフェって感じ」

 誰かさんのせいで全くわかんなかったんだけどな。小さな乳のせいで。

「心拍数は126ね。まあまあ高い。これは勝負あったわね」

 得意げに目を細める姫岬。勝負に胸を利用するなんて卑怯で邪道極まりなく、いくら小さ、控えめでも露骨に存在を主張されては平静を保ってはいられるはずがない。

「図っただろこの痴女め」

「痴女? 私が? 客観的に見ても主観的に見ても淑女だと思うけど」

 向けられる視線が真っ直ぐで、意図的に仕組まれた行動ではないように感じられた。

「脈絡もなく、どうしてこの流れで私が痴女になるの? 私なにかしたかしら」

 もう追及するだけ野暮だと見切って話を断ち切らせる。良いものを見せてもらいました。

「攻守交代だな。いつ打球が飛んできてもいいようにグラブ構えて準備しとけ」

「どちらかと言うとキャッチャーじゃない? キャッチャーへは打球は飛んでこないわよ」

 確かにその通りだが、大して野球も知らない女子にマジレスされるとは予想もしてなかった。

 俺は丁寧にパンケーキを六等分に切り分けて、フォークの先を姫岬に向ける。

 改めて見ると態度は誰よりも大きいのに、口の大きさは最大でも王将の駒サイズまでしか入らないかと危惧させるくらいに小さく見える。黙ってれば名前の通りお姫様なのに勿体ない。

「いかがですか? お味の方は」

「まあまあ可もなく不可もなく。冷めてて美味しさ半減って感じね」

「仕方ないだろ、もう随分経ってんだから。で、お前の心拍数は……」

 姫岬の手を跳ね除けて、カメラ部分で測った心拍数を確認すべくスマホの画面を見る。

「121ってそこそこバクバク鳴ってんじゃん」

「そ、そう? 大体こんな感じよ」

 目を合わそうとせずに、ブラインドの隙間を眺めつつ自分のパフェをいじり始める姫岬。

 こいつ若年性更年期障害なの? 常に100超えてるなら病院行った方がいいんじゃない?

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