第10話 彼女との初デート

 あっぢぃーあっぢぃーあっぢぃーあっぢぃーあっぢぃーあっぢぃー……。

 家を出てからというもの、脳内ではずっとこの五文字が弾幕のように流れ続けている。

 歯磨きをしながらなんとなく見ていたテレビでは、今日の松江市の最高気温は三十度だと言っていた。今朝降ったにわか雨による湿度も相まって、体感では裕に三十度を超えていたはずだ。

 七月に入ったばかりでこんなに暑いのなら、八月にはどれほど暑くなっているのだろう。

 考えるだけ憂鬱でしかない。まあそんなどうでも良い季節の話は置いといて、俺は昨日姫岬と交わした約束のためにちょっと離れたカフェへやって来た。

 四月の頭、俺が姫岬の虫除けスプレーになる代わりに付き合っているフリをする契約を取り付けてから、二週間に一度、デートとは名ばかりの勉強会を開くことになった。

 前回までは市立図書館まで出向き、並んで勉強をするだけだったのだが、それでは姫岬に彼氏がいると周知させるには不適切だと前回ようやく気付いて、今回は心機一転カフェにしようとなったのだ。おかげで図書館の司書さんには認知されてたっぽいけど、別にそれは不要な産物だ。

 入り口付近で待機していた女性のウエイターさんに連れがいると伝え、左から右へ視線を巡らせる。店の正面にレジのカウンターがあり、左に行くと喫煙席、右に行くと禁煙席がある。

「遅いわよ。早く座りなさい」

 その声がしたのは禁煙席の奥から二番目の窓側の席。

 向かい合って座るタイプで、円形の洒落たテーブルを挟む二人用の席となっている。

「ぴったし時間通りだ、ろ……」

 ブラインド越しの窓から差し込む太陽光を受けた、彼女の圧倒的な美貌の引力に俺の視線は一瞬にして奪い去られ、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 頭のてっぺんから爪先にかけて、全てが俺の好みそのもの。

 普段の学校生活とは異なった真っ直ぐに下されたストレートな髪が一番に目を引く。

 薄いミント色を基調としたチェック柄のオフショルダーから露わになっている自然な白さのデコルテ以上に、デニム生地の膝すら隠さないショートスカートから現れる健康的な生脚が無意識のうちに瞳孔を全開にさせる。一言で言い表すと、エロい。

 それに紐で足を固定するタイプの黒いサンダルを纏った足元には上品に靴下まで履かれていて、もう文句の付けようがなかった。

 そんなお洒落な彼女に対して俺は風通しの良いスキニーパンツに白いTシャツという至って普通の格好。服に無頓着ではあるが、もう少し考えてくるべきだったと反省せざるを得ない。

「じゃあ、アイスコーヒーのMサイズをお願いします」

 注文を取り終えたウエイターさんはメニューを回収してカウンターの方へ戻っていく。

 俺はリュックから筆箱と参考書を取り出し、「んじゃ始めるか」と勉強を始める準備をする。

 腹は空いたがカフェの軽食は値段が高く、そこそこ出費が痛い。ドリンク一杯でも渋りたかったけど仕方ない。この見てくれ女にケチな奴だと笑われるのも癪だ。

「ちょっと待ちなさい」

 姫岬の真っ白い手が教科書類の教材を覆う。

 邪魔してくれるな。再来週から期末テストがある。好きなだけ勉強させてくれ。

「腹が減っては……よ。ほら来た」

「お待たせしました〜」

 今日の天気のような陽気に弾む声色のお姉さんがいっぺんに三つの食器をテーブルに並べる。

 食い切れないだろこれ……と、あまりのボリュームに圧倒される。

 一つ目、ビールジョッキ程度の大きさのグラスに、二分割された苺がぎっしり敷き詰められているいちごパフェ。隙間からは胸焼けしそうなまでに白い生クリームが溢れ出していて、グラスのトップからはみ出た部分には丸々一個綺麗な苺が六つくらい乗っている。

 二つ目、綺麗な臙脂色に焼けたパンケーキ。ざっくり説明するとカップ麺の容器と同程度の円周があり、一枚当たり二センチ弱の厚さのそれが三枚重なっている。個人的に食べたことはなく、ホットケーキの洒落た版という認識しかないが、絶対にふわふわで美味いことは見た目だけで伝わってくる。そして俺が注文したアイスコーヒー。

「これ全部お前が食べるのか……?」

 姫岬はシカトをかまして配膳を始める。

 どデカいパフェが姫岬の前へ、分厚いパンケーキとアイスコーヒーが俺の前へ。

「これはあなたの分、これは私の分。さあいただきましょう」

「いや待て! 説明しろ! 俺はこんなの頼んでないぞ」

 意味がわかっていない俺とは対照的に、姫岬はパフェに細長いスプーンをのばす。

「パンケーキ嫌いなの? それともこっちがよかった?」

「そういうことじゃなくて……ってまあいいや。腹減ってたしちょうどいいか」

 俺の到着を見越して頼んでくれていたのか、そんな優しい人間には見えないけど、食べていいと言うのなら黙っていただくことにする。メープルシロップで円を描きナイフを入れる。

 ふっくらスポンジのような弾力で程よく温かく、パンケーキの香ばしさとシロップの甘さが良い具合にマッチしている。これは美味い。けど三枚は間違いなく多い。

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