第9話 業務連絡?
集合時間の午後三時ギリギリまで歩き回ったせいで、バスが動き出して最初のバイパスに乗ったあたりで急激に眠くなった。
規則的な揺れとエンジン音に脳内を支配されてしまい、そのまま落ちてしまったらしい。
目を開けた頃には目的地である登校場所のだだっ広い駐車場にバスが進入しているところで、先着したバスからそのまま下校する生徒たちがゾロゾロと下車している最中だった。
隣県に出掛けていた一年生や出雲大社に出向いていた三年生のクラス番号が載ったバスは全て到着していて、どうやら俺たち二年生が最後の帰還だったようだ。
もう十八時前、仕事から家に帰る車で道が一番賑やかになる時間であり、ナイトゲームにそろそろプレイボールがかかる時間でもある。
いち早く帰宅して、既に帰っているであろう痛弁の作者の
「やっと来たか、着いてから何してたんだよ」
駐車場の入り口の角、前を通り過ぎる生徒の数が随分と少なくなってから、待ち人である姫岬叶愛が朧げな眼で現れた。
「なに……? またあなた、今度は何の用?」
明らかに居眠りをしていたであろう姫岬のパッチリした目がえらく細くなってしまっている。
「いつまで寝てんだ。寝不足かよ」
「私一回寝ちゃうとなかなか起きられないの……。先生に起こされるまで着いたことに気づかなかったわ。で、どうかしたの?」
「忘れ物取りに行かなきゃいけないから一緒に行こうと思ってな。お前も一回学校寄るだろ?」
重そうな目を人差し指の付け根で軽く擦り、姫岬は怠そうに口を開らく。
「自転車停めてあるから寄るわよ」
「なら護衛がてら同行してもいいか?」
まだ眠そうで、「勝手にすれば」と言う姫岬を先に行かせ、その数歩後ろを付いて俺が行く。
「お──さーん!」
不意に後ろから何か聞こえた気がして、俺は振り返ってあちこち見回す。
姫岬を待っていたせいで既に十八時を回っていて、まだ明るさは残るもののあまり遠くを捉えることは出来ない。昼間はカッターシャツで過ごせていた暖かさも無くなって、近くを歩いている三人の生徒は上着を羽織っている。
俺たちが歩く道の右側のグラウンドでは野球部が、片側一車線の車道を挟んだ左側のグラウンドでは陸上部が、遠足後にも関わらず熱心に部活動に励んでいる様子だ。陸上部のグラウンドはシーンと静まり返っているが、対照的に野球部のグラウンドからは金属バットで硬球をミートさせたバッティング練習の鋭い打球音が響き渡っている。パチーン、パチーンとグラブで球をキャッチする乾いた音と共に「すまん!」や「ヤベっ!」と暴投を匂わせるような声もちらほら。
俺たちの周囲には数人の生徒が同じように学校を目指して歩いているだけで、本質的には閑散としている。自宅や高校がある市の橋北はJRの駅や大型ショッピングセンターもなく、良い意味でも悪い意味でも人が少なく田舎なのだ。
「今何か聞こえたか?」
車道を走る車の走行音に掻き消されないよう声を張って姫岬に問いかける。
「いや、特になにも。下手な野球部員の叫び声なら聞こえたけど」
前を進む姫岬は歩みを止めないまま答える。
「そうか、気のせいだったか」
声がした背後を重点的に見回してみたものの、それといった異変は見当たらずに、空耳で済ませることにした。きっと誰かが集合場所あたりで騒いでいたのだろう。
「一応、LINEだけでも交換しときましょうか」
「まあそうだな。一応な……」
過去一でキュンとしない異性との連絡先交換。LINEを業務連絡するためだけのツールだと思ってそう。まあ俺と姫岬のLINEなんてただの業務連絡ツールで合ってるんだけどな。
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