第5話 お隣さんとの絆
季節は進み、夏秋冬と過ぎ去って再び春を迎えた。
今年の春は去年よりもどこか太陽の日差しが熱く感じられ、肌に触れる空気も暖かく、校庭のテニスコート隅の桜も一段と誇らしげにその存在を示している。
田舎特有の真っ青な透き通った空の下、俺がやや離れた所から見つめているのは、昇降口前に掲げられた模造紙に群がる生徒たち。そこでは新二年生と新三年生の彼ら彼女らが集まって、クラス替えの結果を確認している。各々喜怒哀楽、さまざまな感情を抱きながらあの大きな紙を凝視していることだろう。
間違いなく彼女と出会う前までなら、あの大群を構成する一人になっていたはずだった。
伊織と同じクラスになれたのか、少々執拗いところがあるものの仲良くしてくれている浅川と同じクラスになれたのか、気になるあの子と同じクラスになれたのか、そんなことを巡らせながら大きな紙に写っている自分の小さな名前を探していた。
「碧〜」
「皆月く〜ん! 久しぶり〜!」
クラス発表の大群から抜け出した伊織と浅川が手を振りながら走ってきた。
あの様子だと、二人揃って新しいクラスを確認していたようだ。
「おう、久しぶりだな。お前ら春休み中も元気してたか?」
俺はちょっと偉そうに左手を制服のポケットに突っ込み、右手を軽く挙げて二人を迎える。
「なんかお前調子乗ってねーか? おいおいっ」
「そうだよ皆月くん! ハイクラ上がったからって凡クラバカにしないでよ!?」
伊織は肘で俺の脇腹を小突き、浅川は両手で自身の腰を掴んで俺の顔を覗き込むような、いつも通りのあざといポーズで、思い思いに弄ってくる。
今年からは別のクラス。こんなこともほとんど無くなると考えると、急に寂しく感じられる。
「お前らも変わらず接してくれ。当分は友達できないだろうから」
「それもそうだな。仕方ないから仲良くしてやるか〜」
「ウチのことが恋しくなったら、いつでも豊かな胸に飛び込んでおいで!」
まあ身長と肉付きの割には、張りがある小生意気な胸をしている。本物を見たことはないけど。
「その時はノーブラで頼むな」
「「え……」」
そういうノリじゃなかったのッ!? 浅川に加えて伊織まで!?
心の底から憎たらしいが、こんなやり取りもそのうち懐かしく感じるようになるんだろう。
伊織と浅川と別れて、期待、不安、恐怖の感情を三等分で抱きながら新たな教室へ入った。
教室のドアを開けると着席している生徒が数人ほどいて、去年体育の授業で見かけて薄ら覚えている生徒が一人二人いる程度だった。けどほとんどの生徒の顔は見たことがなかった。
黒板に張り出された座席表で自分の席を確認して、最後列の席へ着席する。
特にやることもなく左の席を確認すると、比較的見慣れた顔が物静かに本を読んでいた。
「もしかして
周りはこの後控えている課題テストの勉強を黙々としていて、誰も声を発さない。
声をかけると、柚木さんは俺だけに聴こえるようにボソッと囁いた。
「おはようございます。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。柚木さん成績良かったんだ」
「ぼちぼちです。普通に課題こなしてたら上がれたみたいです」
見た目に争わず謙虚な柚木さん。
「俺はガッツリ勉強してたから当然って感じだけどね」
「驕るのは良くありませんよ? 足元すくわれないようにお互い気をつけましょうね」
ウケを狙った慢心発言にはしっかりとツッコむ。この時俺は、柚木さんに意外な印象を受けた。
俺だけでなく、恐らくクラスメイトほとんどが抱いていた一年の頃の彼女の印象は、容姿から連想できるものでしかなかったはずだ。肩よりちょっと下まである綺麗に束ねられた三つ編みに細めフレームの黒縁メガネ。業間の休憩はクラスの女子とキャッキャ連むわけでもなく自席で黙々と本を読んでいた姿から、話しかけても「はい」とか「いいえ」しか返ってこない会話が続かない関わり難い子だとずっと思っていた。
でもこうやって実際に話してみると意外とフレンドリーで、ノリの良いところもあって、普通に面白い人の可能性も全然あるように感じる。見た目は去年と同じように真面目なガリ勉女子って印象だが、目は大きくてぱっちりしてるし、髪型を変えてコンタクトにするだけで化けるポテンシャルを持ち合わせていてもおかしくない。
「偶然隣の席になったことだし、仲良く助け合って頑張ろう」
「こちらこそよろしくお願いします!」
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