第4話 対局的な対応の違い
とある日の夜、俺は最後の部活から早々に帰宅して、夕食と風呂を手短に終わらせ、テスト期間でもないのに勉強机に向かっていた。無論シンプルに学力向上を図ったからではない。
姫岬と交友関係を持つには俺自身が成績を向上させて、二年進級時自ら彼女が所属するハイクラに入る方が、彼女に近づくには確実だからと考えた。ハイクラとは普通科内の早進度クラスのことで、成績が良い生徒が集められている。ちなみに普通進度クラスの俗称は凡クラだ。
春に入部した部活だが、大会に一度も出場することなく今日の昼に退部届を出してきた。
勉学に力を入れたいと顧問に伝えたところ、またいつでも戻って来いと言ってもらえたので、後腐れなくけじめを付けることが出来た。時間は掛かるが仕方がない。唯一の接点が同じ中学出身の浅川しかない以上他人頼りにすることは確実性に欠ける。
今年中の接触を諦めるにしては早すぎるかもしれないが、とにかく仕方がないの一言だ。
ポジティブに考えるなら偏差値も上がるだろうから一石二鳥。
「よし、始めるか」と意気込んだところで、邪魔者が部屋に侵入していることに気がついた。
「なんで俺の部屋にいるんだ
向かっていた机の反対側に振り返ると、俺のベッドで寝転がりながら漫画を読んでいる未來がいた。部屋のドアを開けたままで、侵入されたことに気づかなかったのだろう。失敗した。
未來とは一歳下の双子の妹の下で、ボブヘアが印象的なとにかく明るい女の子だ。身長はやや低めで、スポーツが得意と本人は口にしている。なのに部活動は野球部のマネージャーをしてるらしいから信憑性は低めだ。兄が言うのも変だが、顔は可愛いくて態度はデカい。
「だっておにぃも七海も未來をリビングに置いてどっか行っちゃうんだもん」
「だからってどうして俺の部屋に来るんだよ。一人でテレビでも見てればいいだろ」
「おにぃひど〜い。そんなこと言うと大好きな妹がいなくなっちゃうよ?」
漫画を見つめていた顔をこちらに向けて、唇に人差し指を引っ付けながらぶりっ子気味に言う未來。断じてシスコンではないことを前提に、愛嬌のある顔でぶりっ子姿が似合っている。
「別にいなくなってもいいぞ。俺にはまだ七海がいるからな」
プクーと不満そうな顔をしていた未來は放っておいて、再び机に向かう。
やつも良い性格をしているため、イヤホンで音楽を聴きながら勉強するしかないみたいだ。
「おにぃ、そもそもなんで勉強してんの? テスト期間終わったんじゃないの?」
「まだ始めてから三十分も経ってないぞ。静かにしててくれ」
「もうこの漫画飽きちゃったよ〜」
俺が勉強を始めてから三十分。未來が漫画を読み始めて三十分。先に音を上げたのは漫画を読んでいた未來だった。我慢比べをしていたわけではないが、漫画の方が先にギブアップするなんてあり得ないし、あり得たとしても勉強側に気を使うべきではないのだろうか?
それ以前にそんなにつまらない漫画なんて買った記憶がない。
「なんの漫画読んでるんだ?」
女を静かにさせるには一通り不満を吐かせたうえに、適当に相槌を打っておけばいい。
「コラえもん」
「あー、コラえもんか……。あれは確かに女子にはウケないかもな」
未來が読んでいたのはコラえもんらしい。
猿型の賢いロボットが悪戯ばかりする悪ガキの家のタンスから出てきて、その悪ガキを更生させるというコメディ作品である。悪戯などの悪事を働くたびにコラえもんが悪ガキの頭を叩く表現が多々出てくるため、男子と女子で人気の差が歴然としている極端な作品であるが、連載から四十年以上も経っている半国民的漫画になっている。コラえもんなら俺にとっては面白くて仕方がないが、未來に刺さらなかったのも頷けるっちゃ頷ける。
「全然面白くないし、これってどう考えてもDVだよね? おにぃはそういう主義の人なの?」
未來の口調から伝わる感情の起伏は激しくなっていて、ややキレ気味なのが感じ取れる。
「そういう人とは?」
「すぐ女子に手を上げるとかさ!」
「好きな子にはしない。うるさくて勉強の邪魔をするやつには手を上げるかもしれないけどな」
そこで俺は未來を揶揄う方法を閃いて、静かに椅子から立ち上がった。
ゆっくりと近づいて、驚かせてやろう。実際に手を上げるつもりはないが、軽くビビらせるくらいはしてもいいだろう。一年先に生まれた兄の威厳を見せつけてやる。
「何それ、怖いんですけど〜。おにぃこわ〜い」
振り返って未來の姿を確認すると、ベッドの上でうつ伏せになって脚をバタつかせていた。
さっきから声がこもってると思ってたけど、枕に顔を埋めながら喋ってたせいか……。と言うかそれ俺の枕だから、やめて欲しいんだけど。兄妹ではあるが、匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。
俺は静かにベッドの横まで移動し、未來を見下ろして、拳を突き上げる姿勢をとった。
「おい未來。まだ居座るようなら手を上げるぞ……」
いきなり声が近くなったことに驚いたようで未來は一度体をビクッと震わせ、枕に埋めていた顔をゆっくりと回して俺の顔を見た。
「…………きぃややゃゃゃゃやややぁぁぁッ! おにぃに犯されるーッ!」
ベッドの隅に追いやられていたタオルケットを掴んで、自身の体を隠すようにして絶叫する。
「おいっ。そんなでかい声出すな! 犯されるなんて聞かれたら冗談抜きで通報されるって!」
「だっておにぃが未來に手を上げるって言ったから……。勉強が上手くいかないストレスを、未來で発散しようと企んでたんでしょ……? 未來を襲おうとしてたんでしょ……?」
『バタンっ』と、部屋の入り口の方で大きな音がした。
「未來の叫び声が聞こえたんですがっ、どうしたんですか!?」
「「
勢いよくドアを叩いて部屋に入ってきたのは双子の上の妹。特徴としては丁寧な言葉遣いとサラサラの長い髪がある。未來より身長は数センチ高く、すらっとしたモデル体型の女の子。
追加情報として七海は未來と違って偏差値が非常に高く、大学附属の中学に通っていて、生徒会長を務めている秀才だ。普通の偏差値もさることながら顔面偏差値も高いようで、歴代一位の美少女生徒会長と生徒からは呼ばれていたみたい。兄である俺から見ても、七海は可愛い。
最もアバウトな区別をすると、未來がキャピキャピ系で、七海はお淑やか系といった感じだ。
未來は程よく締まった脚を組み、両手で胸を締め付ける。犯そうとしたみたいだからやめて。
「七海〜。おにぃが未來で卒業しようと……」
「おいコラ! 変な言い回しをするな! あらぬ誤解を生むだろうが!」
「お兄さん……。いくら欲求不満でも近親相姦はいただけません……」
近親相姦というパワーワードを持ち出したにも関わらず、意外と冷静なことに驚きだ。
「ところでお兄さんは何をされてるんですか?」
理由はともかく、勉強は恥ずかしいことではない。その問いに対して素直に勉強と答えた。
「それは素晴らしいです! でしたら直ぐに失礼します! 引き続き勉学に励んでくださいね。憎たらしいわがままな体をしているこの娘は私が回収していきますので」
ベッドで女の子座りをしている未來が立ち上がるのを待たずに、七海は「ほら未來、行きますよ」と、未來の手を掴んで俺の部屋から引きずり出そうとする。
されるがままに未來がベッドから床のフローリングに滑り落ち、部屋中に鈍い音が響く。
「痛っ! ちょっ、ちょっ、七海ーッ!」
虚しいことに未來の声は、七海の耳には届かない。
「お邪魔しました〜。おやすみなさ〜い」
そのまま未來は七海に引きずられて、Tシャツから小さなへそを覗かせながら消えていった。
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