第一章 容姿だけが優れたいけ好かない同級生

第2話 カッコいいその少女

走り去る春の冷風が初登校の頬を掠め、降り注ぐ日光が冷めた頬を暖め直してくれている。

 今日から俺は、晴れて高校生になる。だが感覚としては中学生と、さほど変わらない。

三年間通う県立紅山あかやま高校は、出身中学とほぼ同じ校区内ということもあって、入学する生徒のうち六割方が同じ中学校の生徒で、仲の良かった友人のほとんどが入学してくる。

 中高の大きな相違点としては、義務教育か否かのあるが、扱う科目も授業内容も中学の延長であり、強いて大きな変化を挙げるならば教師と校舎が変わることくらい。

 どうせ三年間ダラダラ勉強や部活をして、偏差値五〇くらいの大学に進学することになるのだろう。そんな後ろ向きなことを考えながら、俺はのんびりと新たな学舎に向けて歩を進める。


 高校がある紅山の坂を登り正門を抜け、昇降口前に到達する。

そこには真新しい制服を身につけた初々しい表情をした男女がたくさん集っていた。

 中学からの友人だろうか、数人のグループでスマホを向け合っている者、二人並んで学校の地図を見ている者、正門から昇降口にかけて生徒が散りじりになっている中、数十名が集まっている集団が目に入る。その目線の先には一メートル×二メートルくらいの板に白い紙が貼られており、数百名の名前が印刷されていた。見た感じ、クラス発表らしい。

「おっすあおい。お前何組だった?」

 フランクに話しかけてきたのは中学からの友人の椿伊織つばきいおり。中学ではこいつがサッカー部で、俺がソフトテニス部。部活は同じではなかったが中学二年の席替えで席が近くなったことで仲良くなった。身長は一七五センチちょいで俺と同じくらいだが、サッカー部でバリバリ活躍していたので筋肉のつき方ははまったく異なる。髪は茶色に染められていて、いかにもモテそうというオーラが漂っている。

「わからん。今探してるところ。伊織も探してくれよ」

 早々に一人で探すのを諦め、伊織にヘルプを要求する。

「お前五組だよ。俺と同じだ。これから一年間よろしく」

「なら最初から教えろよ」と、伊織を軽く睨みつける。

「そんな怖い顔するなよ。早く教室行こうぜ」

 伊織はニヤニヤ笑って誤魔化すように俺のスクールバッグを掴み、昇降口の中へと誘う。

 それにしても汚くて古い学校だ。下駄箱は所々錆びていて、側面にはセロハンテープを剥がした跡が残っている。下履きと上履きを履き替えるための家で言う玄関に当たる部分は、長年使われ続けているであろう茶色いスノコが敷かれていて、これから三年間ほぼ毎日この汚いエリアを突破しないといけないと考えると、早々に気が滅入ってしまう。

 伊織に引っ張られたまま一階の廊下を進み、一年間お世話になる一年五組の教室へ入室する。そこは案の定見慣れた顔ばかりで、中学のクラス替えと言われても、知らない生徒が意外といたんだなぁ、くらいの感想で済みそうなくらいのホーム感が漂っていた。

「お! 伊織と碧じゃん!? お前らも同じクラスか!」

 同じ中学で仲が良かった奴らから続々と声をかけられ本当に高校なのか心配になるが、適当に言葉を返す。大学附属の中学出身の生徒だろうか、見慣れない顔も少数だが見受けられる。

 その後二十分くらい同じ中学だった奴らと雑談を交わし、チャイムが鳴ると中年の男性担任教師が入室してきて、高校生活初のホームルームが始まった。


 ホームルーム後、簡単な説明を受けて入学式が行われる体育館へ移動し、すぐに式は行われた。

 式は順調に進み、校歌、校長の挨拶などの定番が過ぎてゆき、新入生代表挨拶に移る。

 司会担当の女性教員が「それでは新入生代表挨拶です。本年度入試最高得点、七組姫岬叶愛きみさきかなえさん。ステージ上に登壇してください」とアナウンスすると、後方からパイプ椅子が軋む音が体育館中に響き渡り、最高得点を獲得した女子生徒が、奇数クラスと偶数クラスの間に設けられた通路を堂々と風を切るように進んでいった。

 彼女の外見は高過ぎず低過ぎずスラっとしていて、凛々しく整った顔立ちの中にも可愛げがあり、長い髪を綺麗にまとめたYの字のような三つ編みは不思議と幼さを感じさせない。一眼見ただけでも、上品で高貴な女性ということがわかる。

 その瞬間、俺は彼女を見て、脳中に電気が走るような痺れる感覚を覚えた。ズキズキ刺すような頭痛の痛みとも、バットのような固いもので後頭部を殴られた鈍い痛みとも違う何か。


 これは運命の出会いかもしれない……。直感的にそう思った。


 ステージ上に登壇した彼女はセンターのマイクスタンドの前に立ち、ポケットから事前に考えてきたことが書かれているであろう紙を取り出した。そして一歩前進してスピーチを始める。

「暖かくなり始めた春に、私たちはこの伝統ある紅山高校に入学できることを嬉しく思います」

 スピーチをする彼女に、周りの男子生徒のみならず女子生徒までもが目を釘づけにされているようだった。堂々と前を見つめ、自信に満ち溢れた姿は華奢な身体にも関わらず、すごくかっこよく俺の目には映る。

「このような素晴らしい式を開いてくださりありがとうございました。新入生代表姫岬叶愛」

 彼女に目を奪われている間にスピーチは終了し、彼女は一礼をしてステージから下段して、またクラスとクラスの間を通過して自分の席に戻っていく。ステージに向かう時より彼女を目で追っている人数が明らかに増えている。あの美貌に加えて優秀すぎる成績、総合的に考えてここにいるどの女子よりもスペックが高いことは言うまでもない。

 俺は彼女の遠ざかる背を眼にはっきりと捉え、固く揺るぎない覚悟を心に誓った。


──なんとしても姫岬叶愛を彼女にして、運命を証明してみせる。


 もしこれが運命の出会いなのだとして〝運命〟を証明できたのだとしたら、昔から背負ってきた罪悪感を素直に受け入れられる。ごめんな──、あんなこと言って……。

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