第一章 作戦会議

 夏休みの教室に男子一人と女子二人、彼らは罪人だ。

 自らが犯した、テストで三教科赤点という罪によってここに収容されている。

 罪には罰。学校は優しいのでもれなく罪人には罰を用意してくれる、補修という名の罰を。今日はその一日目、まだ朝のホームルームが始まる前のひとときの安らぎの時間、男子は参考書を読むことに集中しており、女子二人は楽しそうにおしゃべりしている。

「でねっ、あそこのコンビニの店員がまたおかしくてさー、アイスしか買ってないのに『コチラアタタメマスカー?』なんて聞いてくんの、いや温めねーよ! アイスだよ! って心の中でツッコミ入れながら結構です、って丁重にお断りしてやったわ」

 秋津光凛(あきつひかり)は机に腰をかけトレードマークのポニーテールを揺らしながらハキハキとした口調で喋る、活発で運動神経がよく、陸上部で活躍している彼女らしい。半袖のブラウスと短くしたスカートから覗かせる四肢は日焼けしていて、その引き締まった体とともに健康的な印象を与える。

「あはは、変な店員さんだね、でもあったかいアイスも美味しいかも?」

 広崎愛(ひろさきめぐみ)は子猫のように笑いながらゆっくりと言葉を返す、小柄でふんわりとした雰囲気の彼女はいつもこの調子だ。色白でショートボブの髪型は幼い感じがするが、同年代の子達よりもかなり発育がいいので文字通り柔和な印象を周りから持たれている。

「いや、あったかいアイスって、食べる前に溶けちゃうから」

「あ、そっか」

「そっかって、ちょっと考えればわかるでしょうに」

「うー……ごめん」

「何で謝るの、別に謝る必要ないんだよ、怒ってるわけじゃないんだから」

「あぅ、そっか、ごめん」

「いやだから謝らなくていいんだって。ほんと、めぐは面白いんだから」

「そんなことないよ、私よりもひーちゃんの方が面白いよ」

「え、なんで?」

「だって、ひーちゃんは明るくて話もうまいしいろんなこと知ってるし、それに……」

「いやいやただうるさいだけだって、あたしは騒がしいのが取り柄みたいなものだからさ。てかそれって、面白さと関係ないじゃん」

「あれ、そうだね」

「やっぱりめぐの方が面白いって」

「えー、そんなことないよ」

 いつものように二人はおしゃべりをしている、これから始まる嫌で嫌で仕方が無い夏休み中の補修も親友と一緒なら大分楽しい。

 ガラガラッ

「おっはよーす!」

 勢いよく教室のドアを開けた炎堂明(えんどうあきら)の声が教室にこだまする。いつも元気が有り余っている彼は光凛と同じく陸上部に所属していて、スタミナだけなら陸上部一。スポーツ刈りでキリッとした顔立ちで黙っていればイケメンと言えなくもない。

「明おはよー、相変わらずうるさいわねぇ」

「悪かったなうるさくて、やっぱり光凛も補修なのか」

「やっぱりって何よ」

 二人は少し笑いながら嫌みを言い合う、幼馴染みの二人だから何百回とやってきたやりとりだ。

「炎堂君おはよー、今日も元気だね」

「おう広崎、今日も朝飯腹一杯食ってきたから元気百倍だぜ! しかし、俺ら三人が補修ってのはわかるけど、何で清司までいるんだ?」

 名前を呼ばれると青山清司(あおやませいじ)は読んでいた本を丁寧に閉じ、ゆっくりと明の方に向き直る、身長が生徒の中でも一、二を争うほど高い彼には机と椅子が窮屈なのだろう。めがねを直しながら少しバツが悪そうに喋る。

「僕、試験の日風邪で休んじゃったからさ」

「ああ、なるほどそりゃそうだよな、じゃなきゃお前がこんな補習受けに来るわけないもんな。それはそうと、俺昨日の塾サボっちまったからさ何やったか教えてくんね?」

「あー、ごめん、僕も昨日は行ってないんだ」

「なんだ、まだ調子が悪いのか? 夏風邪はしつこいっていうからちゃんと治したほうがいいぞ、それにお前が居なかったら俺は誰にノートをみせてもらえばいいんだ」

 大げさに動きをつけながら喋る明に対して清司は少し冷たく言う。

「いや、自分でとりなよ」

「わかってるって冗談だよ。ま、なんにせよお前が居てくれて良かったよ、男が俺一人ってのも嫌だったしな」

 キーンコーンカーンコーン

 ホームルームのチャイムが鳴ると補修監督の一人である香貫由香里(かぬきゆかり)が教室へ入ってくる、まだ生徒達も十も年が変わらないこの女教師はお姉さんのような存在で生徒達からの人気が高く、特に一部の男子生徒からは絶大な人気を誇る。綺麗に整えたミディアムの髪に自然な化粧をした顔は若くかわいらしく見える反面、どことなく大人っぽい。今日も良い匂いがする。

「ゆかちゃんおはよー!」

「こら炎堂君くん、何度言えばわかるの先生のことはちゃんと先生と呼びなさい」

「はーい、ゆかちゃん先生」

「あんまりふざけていると課題の量増やすからね」

「先生ごめんなさい!」

「よろしい、じゃあ改めておはようございます、今日から始まる補修は夏休み前のテストで著しく悪い点数を取った、もしくは欠席をしたあなた達のためにこれから二週間みっちりと……」

「二週間!?」

 図らずも四人の声がハモった。

「先生! いくらあたしらの出来が悪いとはいえ、二週間は長すぎます!」

 光凛が先陣切って反論する。

「そうだそうだ! いくら何でも横暴すぎる、こんなの平等じゃない、人権の侵害だ!」

 明もそれに続いた。

「民主主義の日本でこんな横暴は許されないわ!」

「和を以て貴しとなすという日本人の精神はどこへいってしまったんだ!」

「二人とも必死に難しい言葉を使おうとしてる努力は認めるけど、まるで説得力無いからね」

 若い二人の砂の城のような反論は少し年上の女教師に一蹴された。

「本当に二週間もやるんですか?」

 清司が戸惑いながら訪ねた、いつもはおとなしくて教師に素直な彼も聞き返さずにはいられなかった。

 「ええ、もちろん。もし欠席した場合はお家の方に電話をするからちゃんと出席するように、ちなみに補修の監督は私と郡山先生」

 郡山、その名前を聞いた四人の顔は一層緊張の色が強くなる。郡山豪男(こおりやまひでお)はシュワルツネッガーもびっくりするような筋骨隆々な体に宇宙規模の豪快な性格を持つ、外見も中身もどこをどう取っても間違いなく体育教師のような体育教師だ。情に厚く生徒に対して親身になってくれる熱い教師だが、生徒指導も担当しているので規律にはとにかく厳しい、彼の生徒指導はとにかくやばいと全校生徒の噂になっている。今まで聴いた、数々の噂を思い出しながら明がつぶやくように声を出す。

「ゴリヤマ、だと……!?」

「こら、先生を変な呼び方しないの。補修中悪いことしたり態度が良くなかったときは、郡山先生による愛の生徒指導が待ってるから、指導されたくない人は真剣に補修に取り組むように。何か質問ある人?」

 勢いよく明が手を上げ。

「はいっ! 由香里先生には今彼氏はいらっしゃいますか?」

「……彼氏はいません。他に質問ある人?」

 またしても明が手を上げ。

「はいっ! 由香里先生の好きな男性のタイプは……」

「ではホームルームを終わります、また一時間目に来るからね」

 邪で純情な高校生男子の質問は華麗にスルーしつつ、由香里先生は教室を後にした。

「明、あんた最低ね」 

 不機嫌そうな顔をしながらあきれた声で批判する。

「あ? 何でだよ?」

「普通あんなこと聞く?しかも女の人に向かって」

「だって気になるじゃねーかよ、しかし彼氏いないってことはチャンスがあるかもしれないってことだよな」

「ほんとバカなんだから、めぐもそう思うでしょ?」

「え、あ、うん」

 突然話を振られた愛はいつものように相づちを打った。

「なんだよ二人してひでーなぁ、俺は自分の本能に従っただけだぜ」

「あぅ、ごめん」

 ひどいと言われて愛はいつものように謝罪をした。

 「いや、謝ることねーけどよ、それにしても二週間かよ……」

 絶望的な表情を浮かべる明の横で清司もため息をつく。

「二週間か、さすがにそんなに長いとは思わなかったよ」

 「二週間ってことは……十四日!? うわ、長いよ」

 愛は一生懸命指で二週間を数え、その結果に落胆した。そんな愛を腕を組みながら眺めていた光凛も神妙な顔をしている。

「しかも見張りにゴリヤマまで居るんでしょ、嫌んなっちゃうわ」

「ゆかり先生だけならまだしもゴリヤマもいるとなるとなると息が詰まる思いだね、愛の生活指導って一体どんななんだろう」

「なんか、噂によると言葉では到底言い表せないような訳のわからないことをされて、指導を受けた生徒は洗脳されてゴリヤマの言いなりになっちゃうんだって」

「それは……こわいなぁ」

 怖がっている愛を見て少し明るい口調で光凛が続ける。

 「おとなしくしてれば大丈夫だろうけど、でも夏休みが二週間も削られるのは痛いなぁ」

「でもどうしようもないし、がんばって二週間乗り切るしかないね」

 少し悔しい顔をしながら優等生らしい台詞を清司が言った、光凛が諦めモードになりながらつぶやく。「はー、夏休みは思いっきり遊ぼうと思ってたのに」

「あーうー、プール夏祭り花火大会海水浴かき氷アイスぅ……」

 夏休みに向けていた憧れが狭い教室の中へむなしく消えていった。

 ミーンミーンミンミンミン……

 教室に暑く湿った空気と蝉の鳴き声が流れ込む。

 ミーンミーンミーンミーン……

 誰も何も言わない、皆心の中で耐えがたい現実を自分に言い聞かせていた、夏休みは犠牲になったのだと。 ジージージー……

 蝉の鳴き声も聞こえなくなった、この静寂が破られるのは絶望の補修が始まるとき、そんな未来を覚悟していた、だが一人だけ炎堂明だけはそんな未来も絶望も犠牲も認めていなかった。

「うおおおおおおおおおおおおお! お前ら! それでいいのか!? 清司、安らぎも癒やしもゆとりも余裕も何もない夏休みに耐えられるのか!? 光凛、花の女子高生がこんな青春の無駄使いをしていいのか!? 広崎、プール夏祭り花火大会海水浴かき氷アイスという夏の醍醐味を諦められるか!? 嫌だ、俺は嫌だね! 夏休みってのは俺ら学生にとっちゃ神聖で崇高でそして何者にも邪魔されてはならない究極の楽園なんだ! それをこんなわけのわからない補修で、学校の都合で大人の都合で台無しにされてたいいのか? いや、いいわけがない!」

 大和男子が魂の叫びを高らかにあげているにもかかわらず、他の三人はなんともあきれたような顔をしている。

「そりゃあたしらだって夏休みは遊びたいしこんな長ったらしい補習受けたくもない、けど実際どうしようもないじゃない、いちいちそんなこと大声で言うんじゃないわよ、暑苦しい」

「そうだよ、叫んだって何が変わるわけじゃないんだから、暑苦しいだけだよ」

「あつーい」

 暑さにぐったりとした様子で光凛と清司は明の魂の叫びに対し冷静にそれでいてめんどくさそうに言葉を返した。愛いたっては下敷きを団扇代わりにして顔を煽いでいる。

 いつものように明が、そんなこというなよー、などと力なさげに反論してくると皆予想していたが、今日の彼はひと味違った。

「ふ、ふふ、ふふふふふふははははははははは!俺が何の策も考えていないと思っていたのか、我に秘策あり!」

「とうとう暑さで壊れてバカが訳のわからないこと言い出したわね」

「暑くて壊れて馬鹿で訳がわからないとか、最低だよ」

「炎堂くんって、やっぱりサイテーなの?」

「ちょっとまてーい!あのさ、君たち俺に対してちょっとひどくない? てか、ひどすぎない?あと広崎、俺は断じて最低野郎じゃないぞ、断じて最低のクズでヘタレで女好きのバカじゃないもん!」

「炎堂くんは最低のクズでヘタレで女好きのバカじゃないんだ、じゃあなんなんだろ?」

「めぐ、この最低のクズでヘタレで女好きのバカの話はまともに聞かなくていいの」

「まぁ、明がほんとに最低のクズでヘタレで女好きの馬鹿かどうかは置いといて」

「お前らほんとにひどいな、しまいにゃ泣くぞ!」

「はいはい、勝手に泣いてなさいよ」

「うわああああん!みんながいじめるよう」

 泣き真似をしながら愛にいじめられていることを訴えた。

「よしよし」

 誰に対しても分け隔て無く優しく接することができる、そういうところが男子からの人気につながっているのだが本人は特に自覚していない、そして今日もその優しさにすがる哀れな男が一人。

「俺は、みんなのためを思ってせっかくこの状況を打破する秘策を考えてきたっていうのに」

「よしよし、お手」

「わん!」

 そして女の優しさは男を従順にさせるのだった。

 「こら、めぐにすがるな、めぐもそんな犬早く捨ててきなさい」

「はーい」

 しょんぼりした表情でバイバイする。

「俺は犬じゃねぇよ!」

 愛はすかさず。

「お手!」

「わんわん!」

 捨てられても男は従順であった。

「はぁ、ほんとにバカなんだから」

 三人のやりとりを微笑ましく見てた清司が仕切り直す。

「まぁまぁ、話戻すけどいきなり我に秘策ありとか言われても僕らはまた明が馬鹿言い出したとしか思えないわけで」

「俺ってそんな風に思われてたんだ」

「今頃気づいたの、やっぱりバカね」

「ひどっ!」

「だってほんとのことじゃない、だからその秘策っていうのもどうせろくでもないことなんでしょ」

「なんだとぉー!」

 直情型の二人はいつもこうだ、少しあきれながら清司が止めに入る。「まぁまぁまぁ、このままじゃらちがあかないからダメ元でその秘策とやらを聞いてみようよ」

「なんか引っかかるが、まぁいい、レディースアンドジェントルメン! 聞いて驚け見て笑え! 俺のとっておきの秘策とは、これだぁ!」

 ズボンのポケットからスマホを取り出し三人に水戸黄門の印籠のように突きつけた。

「うわぁ、かわいい猫だね!」

 動物好きで、特に猫に目がない愛は一番に食いついた。

「そうだろう、うちで飼っている猫でタマって言うんだけどな、またかわいいのなんのって……ちがーう! 画像間違えた! こっちだこっち」

 改めてスマホを操作し直して三人に見せる。

「なにこれ? このヤクザの組長が若い女の人と腕組んでる写真がどうかしたの?」

「ヤクザ!?」

 愛は驚いてつい大声を出してしまって少し恥ずかしそうだ。

「しかし、あんたよくヤクザの組長なんか盗撮したわね」

「炎堂くんすごいね」

 感心してる女子二人に対し清司が苦笑いしながら訂正する。

 「あの、二人とも、この人ヤクザじゃなくてうちの校長先生だよ」

 「うそっ!? どう見てもヤクザじゃん! 組長じゃん!」

 「ええ!? じゃあ、うちの校長先生はヤクザの組長だったの!? じゃあ、私たちもヤクザってこと?」

 自分たちの学校の校長先生がヤクザの組長ということは、そこに属している自分たちもヤクザなんじゃないかと心配する愛に清司がもう一度訂正する。

「いや、広崎さんあのね、この人はうちの校長先生であってヤクザじゃないんだよ」

「んー?」

 愛は首をかしげている。

「だから、この人は組長じゃなくて校長、んであたしたちはヤクザじゃなくて高校生ってこと」

「なるほど、さっすがひーちゃん」

 光凛の説明で納得したようだ。

「で、明この校長先生と女の人が写っている写メでどうするの?まさか」

 当然の疑問を投げかけながらなんとなく清司にも察しがつく。

「ふふふふふ、よくぞ聞いてくれた!諸君らはこの写メをみてどう思う?」

 女子二人は改めてまじまじと写メを見直し。

「どうって言われても、んーこの女の人もなかなか綺麗な人よね」

「モデルさんみたい」

 とりあえず見たまんまの感想を言ったあと、やっぱり気になるところを光凛は口にした。

「でも、この二人っていったいどういう関係なのかしら?」

 待ってましたと明が答える。

「そう!それだ!問題はこの二人がどういう関係なのかということだ」

 明が何を言おうとしてるのかまだよくわからない女子二人を尻目に清司にはもう大体わかっていた。伊達に中学からつるんじゃいない。

 「明にしては面白いこと思いつくね、危険だけど」

「ぬっふっふ、面白いだろう?」

「ちょっと、どういうことよ、二人で話していないで説明しなさいよ」

「ぬっふっふ、いいかよく聞けよ、俺はこの二人を見たときにピンときたんだ、これはおかしいぞと、だってそうだろじーさんなりかけの校長とこんな若くて綺麗な人が腕組んで歩いてんだから、そこであることを思いついた俺は咄嗟にカメラを向けた」

「あること?」

 愛はまた首をかしげた。まだ明の言いたいことがわからない光凛も急かすように質問をする。

「なによあることって?」

 そんな光凛を気にせず、明はゆっくりと、大げさに身振り手振りを交えながら説明を始めた。

「まぁ待て、順番に説明するからよ、写メを撮ったあと俺は校長についてちょっと調べた、そしたら校長はちゃんと結婚してて奥さんと子供が居ることがわかった、そしてさらに綿密に調べた結果、奥さんは校長と同じぐらいの歳ということもわかった、そうなると一つ疑問が残る、写メに写っている女の人は誰なのかと」

 教壇の上までゆっくりと歩きながら話していた明の言葉がそこで止まった、清司はやっぱりという顔をしながら頷き、光凛も何か思い当たったように驚いたような焦ったようなしぐさをし、愛は首をかしげている。 明は大きく息を吸い込むと、教卓を力強く叩き、人差し指を立てた手を皆に突き出しながら高らかに宣言する。

「俺が導き出した答えは一つ、これは浮気現場だ!」

「そんな、そんなわけ!」

 狼狽えた声を思わず光凛は出した。その言葉にかぶせるように明の力説は続く。

「じゃあ、この写メをどう説明するんだ! こんなヤクザの組長みたいないかついおっさんが若くて綺麗な女の人と腕を組んでいるこの羨ましい写メは! これこそが動かぬ証拠だ!」

「で、でも、あんた浮気ってそんなの許されないじゃない、ていうか奥さんいるのに浮気って不倫じゃない不倫!」

 思わず光凛は大声を出した。年頃の女子は恋バナが大好きだ、光凛も例に漏れずそうなのだが若さ故の純情さにより、不倫という大人の恋バナを脳が処理できずオーバーヒートしている。何かに慌てているような光凛に対し、愛はわくわくしているような顔つきだ。

「なんかドキドキするね、浮気はダメで不倫は文化なんだっけ?」

「どっちもダメに決まってるでしょ! むしろ不倫のほうがダメよ! あたしだったら絶対許せない!」

 なぜか光凛に睨まれた明が話を進める。

「そうだ、これはとんでもない不祥事だ、だけど俺は校長を許してやろうと思う」

「なによそれ、どうしてよ?」

 一途なタイプの光凛は明の提案に不服な様子、にやけてるだけで答えない明に変わって清司が答えを言う。

「ゆするんだろ?」

「ピンポーン、大正解」

 目を合わせた男子二人が悪そうな笑みを浮かべている横で、体を揺らしながら愛が尋ねる。

「ゆする?」

 揺れている仕草が可愛い愛と、一緒に揺れているのがわかるその胸をチラ見しながら明は説明する。

「俺が言った許すってのはこのことを公にしないってことだ、だけどその代わりに取引に応じてもらう」

「要するに、この写メをばらされたくなかったら、二週間の補修をやめさせろって、校長先生を脅すわけだよ」

 男子二人の息の合った説明を聞いた光凛は戸惑うような声をだす。

「そんなことしていいの……?」

「じゃあおまえは二週間も夏休みを捨てるって言うのか!?」

 確かに夏休みを二週間も取られるのは嫌だ、でも脅迫なんてそんなこと、それも校長先生にするなんて……だけど考えてみればそもそも不倫をしている校長先生が悪いわけで、そんな人がのうのうと普通に生活をしているのも許せない……でもなぁ、別に二週間補修を受けてもいいかなって思ってるんだよね。

「頼むよ光凛! おまえの力が必要なんだ!」

 ほんと、人の気も知らないでそういうこと言うんだから。

 ごちゃごちゃ考えていた光凛は決心した。

「しょうがないわね、一緒にやってあげる」

「さすが光凛! 頼りになるぜ!」

 光凛はまた、この男は……ともやもやした、気恥ずかしさを隠すためにすぐ愛に。

「めぐもやるでしょ?」

「え、あ、うん、やるよ」

 愛は少し焦りながらもガッツポーズで応えてみせた。

「清司ももちろんやってくれるよな?」

 即答してもらえると思っていた明は清司の反応の悪さに違和感を覚えたが。

 「みんながやるなら、僕もやるよ」

 と、参加表明をもらえて安心した、それと同時に胸の奥から興奮が徐々に沸いてくるのがわかる。

「よっしゃ! 俺ら四人は運命共同体だ!」

 四人とも目を合わせた。

「んで、これから具体的にはどうするのよ? あんたまさかなにも考えてないんじゃないでしょうね」

「まさか、ちゃんと最強に最高で完璧な作戦を考えてあるぜ、まぁ耳を貸せって」

 教卓を囲むように集まった四人は真剣な顔で明の作戦を聴いている、自信満々に作戦の全容を伝えた明はもちろん、他の三人もやる気に満ちた顔をしている。

「どうよこの作戦?」

「炎堂くんすごいよ! よくこんなこと考えつくね」

「そうだろそうだろ、昔からからいたずらとか考えるのは得意だからな!」

 得意げに話す明に、やれやれといったポーズを取る光凛。

「ほんとあんたは小さい頃から悪知恵だけは働いたもんね。ま、確かにあんたが考えたにしては上出来なんじゃない」

「そうだね、明が考えたにしてはね」

「お前らはほんとに一言多いなぁ」

 思わず四人で笑い合う。

「うし! じゃあ作戦開始だ!」

「いえっさー!」

 愛はかわいく敬礼する。

「……まぁ、しょうがないか」

 清司は誰にも聞こえないように独りごちた。

「失敗したらあんたのせいだからね」

 光凛はいたずらな笑みを浮かべながら明の隣でそう言った。

「大丈夫だ、俺の計画にぬかりはない、必ず成功させてみせる。そうだ、これは夏休みをかけた戦い、絶対に勝って夏休みを取り戻してみせる、俺たちの夏休みを解放するんだ!」

 こうして、四人の高校生の青春を賭けた史上最大の作戦が、今始まったのだった。

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