第88話 冒険者の流儀

 アクシス開拓街・冒険者ギルド支部長室。


「――という経緯で、今はうちで身柄を預かっています」


「……どうしてそうお前は問題ごとを拾ってくるのが得意なんだ?」


 しばらく振りに顔を合わせた支部長は呆れたように大きく息を吐く。

 出会った頃に比べれば険も取れたものだが、この場所で話す時はどうにも良い話題より悪い話題の方が多いもので、支部長の顰め面も見慣れたものである。


「俺が拾ってきている訳ではなくて、問題の方からやってくるんだから仕方ないでしょう」


 支部長が言っているのは未だにうちで匿っているミミとフィーのこと、そして新たに俺が今回の一件を報告したことについてだろう。


「その最も気高き龍セリカブルカとやらのことや、観測者、深淵の情報は確かに有益なものだ。新大陸を開拓する以上は先住民たちがいるのであればそのことを深く知っておくことは大事ではあるが……よりにもよってこのタイミングでか」


「このタイミングとは? 何か他に問題でも?」


「グランガリアと交易を行っている商船に乗せた連絡員が本部から返事を持って帰って来たんだよ」


 夏の定期船が去ったあと、秋は龍による襲撃の為、ギルドの定期船は運航させていないが、商船は別だ。

 商人たちは他国の開拓地とも行き来しているし、比較的安全な南の開拓地からグランバリエ大陸に船を出している。


 それらに紛れてギルドの職員を送り出していたのなら、恐らくは龍葬祭関連だろうとは思うけれど。


 はて、それで何か問題があるのだろうか。


「春になったらギルド本部長グランドマスターがアクシスに視察にやってくることが決まった。龍王種の討伐を自分の目で確かめたいんだとよ」


「グランドマスターっていうのは本部ではどれくらい偉いんです?」


「テッペンだよ。俺たちのトップ。最高責任者、最高権力者、そして最高戦力で……俺の嫁だ」


「はい? 今、なんと?」


 支部長は最後にぼそりと呟くと、ぷいっと視線を逸らして髭の生えた頬を照れくさそうに掻く。


 そういう一面はあんたには求めていないんだが。


「……だから、嫁が来るんだよ! 俺たちが龍を倒したと聞いて直々にこの街にアイツが来る! 龍王種を倒してようやくしばらく安心して暮らせると思ったってぇのにだ! それなのにアイツがこの街に来たときに北方山岳地帯の問題がまだ解決していないどころか悪化している状況だなんて知られてみろ! 俺は殺されちまうよっ!!」


 話している間にどんな感情が込み上げてきたのか、支部長は徐々に顔中に小皺を浮かべて語気を強める。


「落ち着いてくださいよ支部長。どうして支部長が奥さんに殺されるんですか。感情的になりすぎていませんか? ほら、机の上にレイナが淹れてくれたお茶がありますから、それを飲んで」


「っぷはぁ! レイナぁ! 母さんが来ちまう! 俺を助けてくれぇ……レイナぁ……」


「えぇ……」


 俺はただラピスとの出会いと北方山岳地帯で起こっているであろう龍種たちによる空席の玉座争いのことを話しにきただけだというのに……こういうのを間が悪かったというのだろうか。


 ……それにしても、支部長のような厳つい大人でも赤子のようにぐずりたくさせてしまうとは……レイナのお母さんは一体どういう人物なのだろうか。



 仕方がないので支部長のぐずりが落ち着くまで、適当に拝借した本のページをぺらぺらとめくり時間を数えて待つ。



「――見苦しいところを見せて済まなかった」


「……。本を読むのに集中していたので何も見ていませんよ」



 頭でも搔きむしったか少し髪型が崩れている以外はいつもの状態に戻った支部長に一安心。

 本を閉じて書棚に戻す。


「さて。それじゃあお互いの問題を解決するための方法を考えようじゃなあないか、セレスト」


「いえ、それは違いますね」


「あん?」


「確かに俺のところでラピスの身柄は預かっていますが、ただそれだけです。俺は別にラピスの人生も命も保証する立場ではありません。仮に支部長がラピスをどう遇しようと、それは俺の問題ではなくアクシスの問題です」


 立ち直ったばかりの支部長には悪いが、今回の一件、俺は別に関わる必要性はないと思っている。


「ニーズヘッグが墜ちたことでアクシスは北方山岳地帯の開拓を進めることができる算段だった。鉱山が増えれば人も増えるし街もさらに大きくなる。龍の王亡きあと、アクシスが北方山岳地帯を手に入れようとするのは当然でしょう。もしかしたら、その開発計画にも奥さん――グランドマスターは関わっているのでは?」


 これはあくまで支部長の様子から推察したに過ぎないが……当に死んでいる龍王種の亡骸を見るためだけに本部で一番偉い人間がこんな辺鄙なところまでやってくるだろうか。


 金になるもの、価値のあるもの、新たに手中に収められる全てのものを確かめる為にこそ動くのだろう。


 唯一、判断が難しいのが支部長とグランドマスターとの関係性ではあるけれど。

 支部長の態度からすれば、龍が争いをしている場所にグランドマスターを連れて行きたくないのだと一旦仮定してみよう。


 そうであるならば。


「支部長としては春が来る前に一度、北方山岳地帯の調査を行いたい。あわよくばラピスを利用して争いを治めたい。違いますか?」


 ラピスは黒邪龍ニーズヘッグの血を確かに受け継いでいる。

 そして、人魚の母を持つ故にその姿を半人半龍の姿へと変化させることができ、俺たちの使う人間の言語を理解する。


 ラピスが望むか望まないかは関係ない。

 ラピスという存在はアクシスが開拓期より追い求めていた北方山岳地帯の安定、そして秋の嵐を回避するための『鍵』であることは間違いない。


「支部長、これは俺からアクシスへの依頼でも提案でもなんでもないんです。俺がどうするかは俺の自由で、そして俺はアクシスの冒険者ギルド所属の冒険者です」


 今回の件、ラピスに最も関わりがあるのは俺だが……影響と恩恵を最も受けるのはアクシスであり、冒険者ギルドである。


 行動の責任と褒賞を出すのはアクシスで、それを得る資格があるのは、依頼を受けて勇気と命を賭けて冒険に挑む戦士だけだ。


「さあ、依頼の話を聞かせて貰いましょうか」


 それが冒険者の流儀で――


「俺を動かすのは高いですよ? 何せ俺は星火の英雄ですからね」


 ――これは俺の名前に値札をつけたことへのちょっとした仕返しだ。

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