第89話 北方山岳地帯調査依頼
「アクシスの英雄、龍を狩り街を守った星火の英雄セレスト。冒険者ギルド新大陸支部長より指名依頼だ――北部山岳地帯に保護している龍の娘とともに先行して状況を調査せよ。俺は人材を集めて後から追う。龍共が縄張り争いをしている場合、戦闘には極力介入せずに静観し、合流を待て」
羊皮紙に殴り書きされて丸められた依頼書が放り投げられるのをキャッチする。
「その依頼、冒険者セレストがお受けしましょう」
書かれているのは支部長の言葉通りの依頼内容。
報酬欄は空白。
「今はお前と金の話はしたくねぇ。報酬はちゃんと出すからさっさと行け、しっしっ!」
依頼内容は調査とは言え、目的地は龍の住処だ。
現時点で妥当な金額は不明ってところかな。
ただでさえ金貨数万枚相当の貸しがあるのに、今回の冒険ではいったいどれくらいの稼ぎになるかな。
春が来たら家族みんなの願いを叶えるために庭師を雇うのもいい。
なんなら街とくっつく前に敷地を少し広げるのもありかな?
そんな皮算用をしながら支部長の執務室を後にする。
◇
アクシスの街で登山に必要そうなものを一式購入する。
元々、龍葬祭開催前からバンズさんを通して職人たちとは縁があったが、名が売れてからは上客としてさらに厚遇されている。
質のいい靴や毛皮、遮光器という目につける不思議な形の防具やピッケルや手斧など色々と勝手に見繕われていくものをギルドのツケで買い漁る。
丁度いいので丈夫な魔物の革製の大き目のリュックサックとベルトを購入。
それらを全て実際に背負った状態で馬に跨る。
リュックやベルトに差した金属が馬が動くのに合わせてがちゃがちゃと騒がしい音を立てながら雪と土の混じった路を家まで駆ける。
◇
「セレストさん。おかえりなさい。随分な荷物ですね」
「山登り用の荷物を揃えてきたんだ。似合うかな?」
「うーん……セレストさんにはその背負っている鞄は大きすぎるんじゃないでしょうか」
「あはは! ノルは正直者だな。馬を頼むよ」
「はい!」
馬の足音か、金属のぶつかり合う音か。
恐らくはミミが聞き分けて俺の帰りに合わせて待っていたのであろうノルに馬を託す。
ノルはすっかり馬の扱いにも長けてきた。
この年で馬を操れて剣を振るう勇気も持っているこどもなどそうは居ない。
グランバリエでならば騎兵だって目指せるかもしれないな。
「おかえりだにゃあ。そんなに大きな鞄背負ってるとまるで大亀みたいだにゃあ。ほら、ベルトを取るの手伝ってやるのにゃ」
家の中に入れば、待ち構えていたミミがリュックサックを取るのを手伝ってくれる。
登山用の頑丈なリュックは肩紐以外にも胴を結んで体から離れないようにしてあるので解くのを手伝ってくれるのはありがたい。
「ラピスはどうしてる?」
「砂糖を盗み食いしようとしたりする以外は大人しくしてるにゃ。甘い物が好きみたいなのにゃ」
「そっか。あ、そっちの腰のベルトは刃物が差してあるから気を付けて」
「あいにゃー。とりあえず抜いて床に置いとくから後で自分でしまうにゃ」
「ありがとう……ふぅ。結構重かったな。余分に毛皮を積んできたとはいえ、実際には魔道具や食料も背負うことを考えると結構厳しいかもしれないな」
ようやく外れたリュックを床に置いて、軽くなったはずの肩に重苦しさが残るのを嫌って腕を回す。
「その様子じゃあ、結局首を突っ込むのにゃね」
ベルトに差していたピッケルや手斧、そして剣も外して綺麗に床に並べながらミミがベルトに手を掛けて呆れた顔をする。
「別にタダでやる訳じゃあないさ。俺は冒険者としてこの街の為に受けた依頼をこなすだけさ」
「別にセレストがそんなことをしなくたってラピスをここで匿っておけばいいだけにゃ。ミミたちのときはそうしたのにゃ」
かちゃり、かちゃりと金具が鳴り、続いてしゅるりと革のベルトが繊維を擦る音が耳心地が良い。
「それでもミミとフィーにも家に帰れるように約束したじゃあないか。ラピスにだって……ここ以外に家があって、帰れる場所なら帰った方がいいでしょ? 本当のことを言えば俺はミミやフィーとはずっと一緒に居たいから最後には帰って来て欲しいけれど。俺は、俺が諦めたみたいにみんなの帰る場所を諦めて欲しくないんだよ」
すとん、とベルトによって締め付けられていたズボンのウエストが解放されて床に落ちる。
玄関の隙間風が吹き抜けて露出した生足を撫ぜてあまりの寒さに肌が粟立つ。
「人が真面目な話をしているのに何してるんだこの猫ぉ!!」
「バレなさそうだったからついにゃ……お風呂はもう用意してあるから、つ、続きはお風呂でするかにゃ?」
「くっ……このぉ!!」
冷えた体を温めるだけだからな!
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