第7章 龍王種:黒邪龍討伐戦
第61話 陽は沈まない
突然アクシスの上空を中心に発生した嵐が大森林の大樹たちをいとも容易く揺らし、灰色の雲がこの世の終わりを告げるかのように渦巻き、雷雨を撒き散らす。
その嵐はたった一体の龍の出現によって引き起こされた。
「あれが……ニーズヘッグ」
その巨体を例えようにも天高く佇むその体躯を正確に捉えるのは難しい。
しかし、俺の拠点やこのギルドの建物なんて恐らく簡単に踏み潰されてしまうであろうことは容易に想像がつく。
「セレストッ! 大丈夫かにゃっ!」
「なんだ! あいつは――ッ!?」
「ミミ、フィー。下は問題ないかい?」
階段を駆け上がってきたのか、息を切らしながら二人が屋上の扉を勢いよく開けて現れる。
「アイシャたちはちゃんと部屋に居るから問題ないにゃ……だけど、下はかなり騒がしくなってたにゃ」
「防御魔法のおかげで目に見える影響はなかったが……この嵐とあの龍の咆哮。怯えたアイシャがどうしても貴様が心配だと言うものだからな」
ギルドの下層階は市民の避難所として解放しているため、今は冒険者以外の人々がロビーや仮宿、その他の部屋を利用して避難してきている。
その人たちの中にはバンズさんのように、この嵐に覚えのある人もいるのだろう。
「そうか。こっちは……説明のしようがないな。まったく、まったく誰も気づかない間に現れたんだ」
それは恐ろしい速度を以てなのか、それとも目に見えない程遥か高空を飛行して来たのか。
その突然すぎる出現に、俺は二人にどう説明していいのか頭を悩ませていた。
「ごちゃごちゃ考えてる暇はねぇぞ赤髪。都合よく出て来てくれやがったかよ。相変わらずクソったれな面してやがる」
「支部長! ……ってその恰好は?」
いつの間にか背後に立っていた支部長の恰好はいつものギルドの制服とは異なり……赤黒い龍鱗で作られた鎧に灰と黒のまだら模様の獣の皮で作られた外套。
そして――普段持ち歩いている剣とは異なる鞘の無い抜き身の大剣。
青紫色の分厚い幅広の刀身、鮮やかな色の刃とは不釣り合いに無骨な両刃のそれは薄暗い嵐の中で不気味な輝きを放っている。
「サブマノゲロスとトニクルガルの一番良い素材で作らせた。本部の連中にはちゃんと残り物を送ってやったから問題ねぇよ」
「そういうことを聞いた訳じゃないんだけど……」
どこかで見たことがある色合いかと思えば、確かにサブマノゲロスとトニクルガルだ。
「セレスト、お前あの龍の攻撃に耐えられるか」
「そりゃあ……」
俺の困惑など気にもせず、支部長は平然と尋ねてくる。
やってみなければわからないよ、と思わず喉まで上がってきた言葉をなんとか呑み込む。
違う。
わからないなんて言葉には意味がないんだ。
俺がここでできなければ何ひとつ守れやしない。
「やれるに決まってるでしょう」
「そうか。それじゃあしばらく時間を稼げ。俺はとりあえず雑魚共を蹴散らしてくる」
こちらは言葉にするだけでも必死だってのに、当然のように言ってくれる。
「……そうだオイ。こっからは乱戦になる。シールドの色は思いっきり目立つようにしてやれ。退避が楽になる」
それだけ言い残して、支部長は俺の顔を見ることもなく、俺の横を通りすがって外壁の縁に足を掛け、ギルドの屋上から飛び降りて街の屋根伝いに目にも止まらぬ速度で駆け抜けていく。
「参ったな。ちょっとは俺の実力を疑ってくれたら楽だってのにさ」
「怖いなら愚痴ならいくらでも私が聞いてやるぞ」
「セレストがビビってるなんて珍しいにゃ。にゃははっ! セレストの変顔見てたらにゃんだかあんな龍なんて怖くなくなって来たにゃ!」
左隣からフィーが、右隣りからミミが。
俺を挟み込むようにしてそっと肩に手を置いて笑顔を見せてくれる。
「フィー、ミミ、悪いんだけどちょっとそばに居て貰ってもいいかい?」
「ちょっとなどと言わずにいくらでもそばに居てやるさ」
「傍にいるだけじゃないにゃ! このプラチナキャティアの耳と鼻でセレストのお手伝いだってするのにゃ!」
これは……心強いな。
「……ふぅ。よし、透明化を解除、余計な制御に回していた魔力も全て防御力に全振りだ。いくぞ、
街を覆っていた透明な膜のようなシールドはその本当の色彩を取り戻し、大地から天へ向かって赤く染まる。
新大陸の東岸のこの場所で、ニーズヘッグの魔力によって闇に呑まれた世界に陽が昇るように、半球状の赤く輝く最大出力の防御魔法が展開される。
「お前がどれだけ光を闇に閉ざそうとしようとも、ここに抗う人間がいるということを思い知れっ! 龍の王ニーズヘッグッ!!」
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