第62話 衝突
遥か高空からこちらを見下ろすニーズヘッグの紅い瞳に地上からの俺の叫びが届いたのかはわからない――けれど、少なくとも真っ赤に染まったアクシスの街にニーズヘッグが気を取られたのは間違いないだろう。
「来る」
一度、大きく翼をはためかせたニーズヘッグが宙返りをするようにやや後方へと舞う。
その姿に、俺の直感がこれまでにない危機を察知し脳内に不安というプレッシャーが圧し掛かり、胸の鼓動が激しく警鐘を鳴らす。
突き出た二本の巨大な角の間から、ニーズヘッグの顎がぱかりと開き、漆黒の体から紅い口腔が覗く。
瞬間、激しい稲妻がアクシスの街に降りそそぎ、
しかしそれもニーズヘッグの魔力に天候が影響されたに過ぎない。
ニーズヘッグの本当の攻撃は別だ。
開かれた顎の前方に巨大な青い魔法陣が浮かぶ。
遠く離れたその魔法陣に刻まれた古代文字は地上からでは解読はできないが、そのとてつもない巨大な陣から発動されるのはアクシスなんて軽く吹き飛ばすことのできる極大魔法に違いないだろう。
空中に現れた魔法陣は強く発光し、そしてやがて青い魔力の塊が絵本に描かれた星のような形を描いて浮かび上がる。
『グルルルルルァァァァァ――――――――ッ!!』
ニーズヘッグの咆哮に共鳴するように魔法陣の放つ光は強くなり、そして――。
「ブレスがくるぞっ!」
フィーの声が耳朶をうつがこちらは声を出して応える余裕もなく、ただ首肯する。
――5つの魔力の塊はそれぞれが極大の線となり青白い炎のブレスが真っすぐにこちらに向かって放たれる。
「ぐあっ……くっ……」
瞬く間にアクシスを覆うシールドに直撃したブレスの凄まじい衝撃と轟音に、パキリとガラスが散るような音が頭の中で響く。
これまでに受けたことのない強力な魔法の衝撃に圧され、シールドが砕けてしまうイメージが頭を過る。
――――『――魔力は心。心は魔力。――魔力が尽きればいずれ消えて星火に還るわ』――――
「クーニア……」
負けるなんて考えたらダメだ。
魔力は心。
心は魔力。
やつのブレスは確かに強力で恐ろしいけれど、この力に屈する訳にはいかない。
ニーズヘッグのこの攻撃は間違いなく、生きる為に狩る力ではない。
これは滅ぼすための力だ。
「負けるかぁ――――ッ!!」
俺の隣にはフィーが、ミミが、ギルドの中にはアイシャとルビィ、ノルが居る。
大勢の街の人が俺たち冒険者を信じて集まっている。
どれだけ強大な力が、赤いシールドを青く塗りつぶそうと迫ろうとも、その全てから守ってみせる!
『グルルル……』
数秒か、それとも数十秒か。
体感では数分にさえ感じる程の長いニーズヘッグのブレスが遂にシールドを割ることなく霧散する。
「随分悔しそうな顔をしているじゃないか、ニーズヘッグ」
衝突を経てシールドを展開している魔力の主が俺だと認識したのだろう、ニーズヘッグの視線が明確に俺を捉えて睨みつける。
『グルルァァァァンッ!!』
こちらの声は聞こえていないだろうに、ニーズヘッグは翼を広げて滑るように空を舞い、一直線にその巨大な体躯で風を切り俺の元へと向かって突進してくる。
「魔法だろうと生身だろうと俺のシールドは割れないぞ」
街を覆うように展開したシールドに衝突する直前、ニーズヘッグは軌道を斜めに逸らして回転するようにして、長い尾を鞭のようにしならせて叩きつける。
尾が振るわれる。
たったそれだけのニーズヘッグの行動が再び周囲の環境に影響を及ぼし、その尾の打撃は周囲の冷気を集結させ氷結させて衝突とともに無数の氷の破片が刃のようにばら撒かれるが――耐える。
「スパイクッ!」
仕返しにとこちらは
再び距離を取ったニーズヘッグは今度は鋭く長い爪でシールドを切り裂かんとする。
その動きが稲妻を巻き込み紫電を撒き散らそうとも――耐える。
ニーズヘッグ自身の攻撃の威力に耐えるだけでもごっそりと魔力を消耗するというのに、ひとつひとつの挙動の度に災害を撒き散らすので街の外周で戦う冒険者たちに被害が出ないように意識を裂くのも難しく、こちらも乱暴にシールドをばら撒いているので脳がはち切れそうだ。
「セレストっ! 周りのことはミミに任せるにゃ! 危なそうな人がいたらミミが指示するからセレストはただミミが言った場所に魔法を放つだけでいいにゃ!」
「それは助かるっ!」
街の外では最初の衝突とは別にニーズヘッグによって呼び寄せられたのか波のように龍の群れが迫り、支部長とトラストさんを中心に冒険者たちが迎撃に当たっている。
もはや10や20などでは済まない龍の群れに、冒険者たちは危なくなればシールドの内側に避難し、治療や交代をして戦闘を継続している。
その一人一人を目で追いながらニーズヘッグの相手をするのはきつかったところだ。
「邪魔な飛龍は私が撃ち落とす。これは私の心が決めたことだ。余計な気を遣うなよ」
何時の間にか弓に矢を番えていたフィーが空中から冒険者を強襲しようと狙っていた飛龍の翼を正確に撃ち抜いていた。
一瞬だけ、視線を街の外で戦う冒険者たちに向ければ誰もニーズヘッグのことなど気にもせずに目の前の龍たちに果敢に挑んでいる。
「……まったく。本当に誰も彼も頼りになるな」
この街にはもうひとりぼっちのカシムはいない。
彼らが群れを退けるまで俺が耐えられればいい。
ひとりで戦っている訳じゃないんだ、絶対に負けてたまるか。
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