第60話 嵐

 アクシスの街に鐘が鳴り響く。

 それはトラストさんら前哨基地に詰めていた冒険者たちがアクシスに撤退してきた僅か数時間後のことだった。


 大森林の大樹が大地を駆ける龍の巨躯に揺れ、無数の地龍の足音は地を揺らし、空を舞う飛龍の翼が風を切り空気が悲鳴を上げる。


 前哨基地からトラストさんらが戻った時点で市民の受け入れを開始していたギルド職員によって奴隷を含めた市民がギルドの中に順に収容され、龍災の経験のないインフェルノのような冒険者たちがそれらを誘導、街の中に取り残された者が居ないか巡回している。


 俺はそれをフィーと共にギルドの屋上で絶対防御アブソリュート・シールドを展開しながら眺めていた。


「この街の人間はこんな暮らしをしていたのか。侵略者とはいえ、これは少々……可哀そうだな」


 深く被ったフードの内側でフィーがぽつりと呟く。


「フィーは別にこの戦闘に出る必要はないんだよ。ミミと一緒にルビィたちのそばに居てくれるだけでもいいんだ」


 フィーはエスティアの生まれであり、アクシスの為に戦う必要なんてない。


「手を出すつもりは私もなかったさ。だがな……私はエスティアの守護なのだ。私の力は弱きものを守る為にある。ある、はずなのだ」


 エスティアという街は様々な生物の保護を行っていると聞く。

 それが何処までを対象としているのか正確なことはわからないけれど……人間と龍。


 異なる種族であってもきっとエルフの考えでは同じ命なのだろう。


「きみの想いだけで十分さ。いま、この現状を見ただけで答えを出す必要なんかないんだ。フィー、これは俺たち人間からすれば狩るか狩られるかということに過ぎない。俺たちのためにきみが悩む必要はない」


 クーニアがそうだったように、フィーは俺たちとは違う価値観や正しさの元で生きている。

 だからこそ、一時の感情で行動して後悔をして欲しくはない。


「狩り、か。生きる為に狩りをすることは当然のことではあるな……少し、こどもたちの顔を見てくることにするよ」


「ああ。よろしく頼む」


 森の様子を注視している俺は去って行くフィーの姿は追わない。

 フィーが悩む必要なんか無いように俺がこの街も、みんなのことも守り抜けばいいんだ。



 ◇



 森が騒がしくなってからしばらく、市民は全てギルドに避難を終えた。


 若い冒険者たちはギルドの周囲や城壁の各方面に監視として派遣され、ベテランたちは城門の外に出て龍を待ち構えている。


 そして、最初の衝突が起こった。


『ギヨォォォォォォ――――ッ!!』


 奇声。

 風船のように膨らんだ図体のデカイ尻尾の生えたカエルのような姿の中型の龍が森を抜けて街へ向かって駆けてくる。


 水かきのようなひだの付いた四足がずしりずしりと走る度に音を立てて砂煙が舞う。


 さらにその砂煙の奥、サブマノゲロスとは違い、襟のない大蜥蜴のような龍や、巨大な三本の角を鼻先と額から生やした龍が続いて森を抜けてくる。


『ギャォォォォ――――ッ!』


 アクシスに狙いを定めた地龍たちが駆けだしたことに気づいた飛龍の一部が咆哮、餌を先に我が物としようと天高く舞い上がり、その巨大な翼を目一杯に広げて滑るように高速で空を降りてくる。


 地上には既に10を超える地龍、空からは……飛竜が6。


「これが本当の龍災か――出力最大ッ!」


 気合を入れて城壁に沿うように拡大した絶対防御アブソリュート・シールドの出力を上げる。


 まず、先頭を切って攻めてきたのは滑空してきた飛竜が1体。

 透明化している絶対防御アブソリュート・シールドに気づかずに衝突し、叫び声を上げて地上に落下する。


「あの速度でぶち当たって生きているのか」


 地上を転げながら手足と翼を暴れさせて体勢を整えようと吼える飛龍。

 そこに城壁の上に待機していた冒険者たちから矢の雨が降り注ぐ。


 後続の飛龍は――速度を落として街の上をぐるりと回り、別の角度から攻め込もうとするが、それも全て弾き飛ばす。


「これならいける!」


 飛龍の衝突でもシールドに流している魔力に乱れはない。

 中位種の体当たりくらいなら余裕だと確信。


 同時、地上では街に迫った地龍たちと冒険者が衝突する。


「前衛にシールドッ!」


 街を覆うのとは別に大盾を持つ冒険者たちに個別にシールドを展開。

 戦況に合わせて動き回ることになる冒険者への魔法の多重発動に耳の奥で鈍痛が響くが、耐えられる。


 地に堕ちた最初の飛龍は動きを止め、他の飛龍たちは苛立ちながら何度も街に降りようと体当たりや炎を吐き出してきているが、こちらに意識を取られてくれているなら有難い。


「今のうちに地上の方を片付けてくれたら助かるんだけど……」


 とはいえ、シールドがあるからと言って堅い龍種の鱗が柔らかくなる訳ではない。

 俺の魔法は彼らを守るが、攻撃は信じて任せることしかできない。


 大きな三本角の龍が身を屈め、後ろ足で地を蹴り、その角を突き出して城壁を突き破ろうと突進を始める。


 大盾を構えて待ち受ける冒険者たちは俺のシールドに保護されている為、角に身体を貫かれることは免れるが、全員見事にその巨大な質量に吹き飛ばされて宙を舞う。


 後続の近接職の冒険者たちに危険が迫り、そちらにも慌ててシールドをさらに多重起動!


 街を覆うのとは別に既に30人以上に同時に魔法を行使しているせいか、一瞬かくりと膝の力が抜けそうになるのを屋上の縁に手を掛けて堪える。


「ウオオオオオオ――――ッッ!!」


 その方向は魔物ではなく一人の男から放たれた。

 城壁の外、三本角の龍の突進の前に黒髪の男が槍を手に飛び込む。


 その槍は龍の鼻先から飛び出た角の一本とまともに打ち合い、あっけなく弾き飛ばされるが、男はさっさと槍を捨て、跳び上がり、額に生えた角の間に腰から引き抜いた二刀の短剣を突き刺す。


『ヴォォォォッ!!』


 怒りか、痛みか、僅かに龍が怯んだその隙に男は龍の角に何処から取り出したか輪の付いたロープを引っ掛けて、それの先を放り――待ち構えていた冒険者たちがそれを一斉に引く。


 僅かに龍の首がそれに釣られて逸れた瞬間に黒髪の男は一度距離を取り、それと同時にロープを引いた男たちの反対側から数人の冒険者が駆け寄り剣を突き立てる。


「倒れるぞッ! 突撃部隊は巻き込まれるなよッ!」


 死角からの無数の刺突に龍はバランスを崩して足をもつれさせ、横に倒れたまま自分の突進の勢いで土煙を巻き上げながら地を滑る。


「頭は俺が抑える! 腹を狙えッ!」


 黒髪の男が再び三本角に向かい駆けだしたのに合わせて慌ててシールドを展開する。

 その人は横倒れになった龍の頭に何の躊躇もなくしがみついてその頭を抑え込む。


 そこに冒険者たちが三本角の腹の内を狙い一斉攻撃。

 龍は悲鳴を上げたあと、その動きを止める。


「トラストさん……何考えてんだ……」


 龍が動きが止まったのを確認し、すぐに別の龍と交戦している冒険者パーティの援護に向かうトラストさんにドン引きする。


 無謀にも程がある。

 あんな闘い方してたらそりゃ全身傷だらけにもなるでしょう。


 だけど、早くも龍を二体仕留めた。

 まだ残る龍は多いけれど、ちゃんと守れているし、戦えている。


 これならば恐らく、乗り切れる。


 実際に、その後も苦戦を強いられながらも冒険者たちは俺の絶対防御アブソリュート・シールドを活用し、危なくなれば一時シールド内に逃げ込んだり、他の冒険者たちと協力して柔軟に立ち回り龍を相手に互角以上の戦いを維持していた――――



『グルルルルラァァァァァァァァァ――――――ンッッ!!』



 ――――太陽を覆い隠し、アクシスの街を黒く塗りつぶす程の巨大な龍が突如として姿を現すまでは。


 地上で戦う誰もがその存在に気づかなかった。


 気付いたときには既にそこに存在し、その咆哮の重圧は街を覆う絶対防御アブソリュート・シールドを圧し潰さんとするほどの重圧を放ち、紅い瞳は真っすぐにこの街を見下ろしている。


 先ほどまで晴れていた空にはいつの間にか暗い雲が渦を巻き、激しい暴風が吹き荒れ――海岸の方角から聞こえる大きな音は荒れ狂う波が打ち付ける音だろう。


 ぽつり、ぽつりと落ちてきた雨粒が龍の咆哮が遠くへ去って行くのと同時にざあざあ降りの雨となる。


 漆黒の鱗、血のような紅の瞳。

 太陽さえもその闇で多い、そこに佇むだけで畏れを抱く。


 龍王種・黒邪龍ニーズヘッグ――まさしくその存在は王と呼ぶに相応しき威圧を放ち大空に君臨していた。

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