第32話 そういえば本気で戦ったことない気がする

「はい! 俺が絶対二人のことを守ります!!」


「頼んだよ」


 普段、拠点を留守にするときはアイシャさんに声を掛けるのだが、今日は拠点に展開している絶対防御アブソリュート・シールドを解除するということもあって、なんとなくノルに声を掛けてから出発することにした。


 そして気合の入ったノルの返事に気をよくして森へ向けて出発する。


「あれだけ頑丈な城壁があれば心配はないと思うけど、可愛らしい子だにゃあ」


「バカ猫め! ノルはまだ9才だぞ! あんな小さな子を残して狩りに出るのに心配じゃないだと! ああ、今すぐにでも私だけでも戻ったほうがいいんじゃないだろうか……」


「そういえばフィーは何歳なのにゃ?」


「…………」


「何を黙ってるのにゃ」


「……エルフに年齢を尋ねるとは貴様、命が惜しくないらしいな」


「どうせフィーはセレストの魔法には逆らえにゃいから何もできないにゃ! にゃっはっはっは!」


「ぐっ……悔しい……エスティアの守護たるこの私がプラチナキャティアの娘ごときにぃ!!」


 などと道中に親交を深める二人を連れて北の森を進む。

 それにしてもエルフに年齢を聞いてはいけないのか。

 エルフっていうのはやっぱり物語のように長命だったりするのだろうか……? 考えるのはやめよう、うん。



 ◇



「セレスト。足跡にゃ」


「ん? 前に爪が四つ、後ろに爪がひとつ。大きさは俺の手のひら二個分ってところかな? 大きすぎない?」


 ミミが見つけた痕跡を確認する。

 猫や犬のような動物の足跡のようにも見えるが、少し離れた後ろ側にも爪の跡があるので恐らくは魔物の足跡だろう。


「これはトニクルガルの足跡だろうな。強靭な脚と鋭い爪、稲妻を纏う特殊な体質をしているが、そこのプラチナキャティアと同じ猫科だ。大型でも新しい馬車に乗せられない程ではない」


「プラチナキャティアを猫扱いするにゃ!」


 プラチナキャティアどうのは一旦置いておくとして。

 大型の猫科ってことはクーガーとかその辺りの大きいのをイメージすればいいのかな。


「フィーがそういうのなら信じよう。トニクルガルってのは肉食かい?」


「トニクルガルの主食は大鹿だ。それにトニクルガルは行動範囲が広大だ。我々が徒歩で出会う範囲に生息しているというのは放っておけば拠点やアクシスまでなんてあっという間にやってくるぞ」


 大鹿かあ。

 新大陸にやってきて最初に狩った得物が大鹿だったな。

 あの時は角を運ぶだけでものすごく時間が掛かってしまったんだよなあ。


 あの大鹿は割と森の浅瀬にも出現する。

 確かに安全を考えればトニクルガルは駆除しておいた方がよさそうだ。


「よし、トニクルガルを狩ろう。ミミ、匂いは追える?」


「この足跡は焦げ臭い匂いにゃ。追うのは簡単にゃ」


「じゃあさっそく行動開始と行こうか」


 ミミが匂いを追って先導。

 俺はミミのすぐ傍で想定外の魔物との遭遇に備える。

 フィーは作戦開始と同時に木の上に跳び、枝を飛び移りながら高所からの索敵を行う。


 足跡を追い、爪でも研いだのか時折現れる樹木に付けられた焦げた爪痕を辿って森をやや西寄りに北上。


「見つけたにゃ。この先の大きな川に居るにゃ」


 前を進んでいたミミが声を潜める。

 物音を立てないようにそっと目の前の低木の葉の隙間からミミの示す方向を確認。


 灰色と黒のまだら模様、逆立つ短い毛並みからバチバチと音を立てて爆ぜる青い電光。


 あれが――トニクルガル。


「セレスト。ミミはあれに触ったらビリビリしちゃうから気が進まないにゃ」


「今それ言う?」


 なんとも気の抜けるミミの言葉に肩を竦める。

 緊張感が台無しだよ。


 後方の木の上に身を潜めているフィーの方へ目をやると、「怖いのなら私がやっても構わんぞ」とばかりにニヤニヤとしている。


 そういえばミミとフィーの前――どころか、人生で一度もまだ人前で――本気で戦ったことってない気がするな。


「よし、俺がやるから二人は待機で」


 二人の雇い主として少しはできるところを見せる必要があるかもしれないね。

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