第33話 雷牙獣トニクルガル

 がさりと鳴る擦過音を気にすることなく、低木の葉を掻き分けて川岸で水面を舐めるトニクルガルの元へと向かう。


 図体の割には丸っこくて小さな耳を機敏に動かしてこちらを察知しているであろうトニクルガルは俺のことなど気にもした様子はない。


 完全に取るに足らない相手だと思われているようだ。

 そっちがそういうつもりならばこちらも遠慮はしないけどね。


 そのまま真っすぐ川辺で休んでいるトニクルガルに近寄り続ける――10メートル程近くまで――と、やがて近寄るなとばかりにこちらをひと睨みし、灰と黒のまだら模様の尻尾を川辺の砂を叩くように振るう。


 バチリと炸裂音がして川辺の砂利が弾けて砂埃が舞う。

 もうもうと立ち込める砂埃の中に灰と黒の体が隠されてしまったと思った刹那――。


『グルルルァァン!!』


「……驚かせるじゃないか」


 ――眼前には開かれた顎から鋭く突き出した二本の牙が迫る。


『ガルルルル……』


 とはいえ、驚いたのはトニクルガルも同じだろう。

 何故ならば、しっかりと頭に食らい付いたはずの牙は弾かれ、目の前には無傷の俺が立っているのだから。


「雷牙獣トニクルガル。稲妻を纏い電光のように駆け、高温にして強靭な牙と爪で獲物を狩る……うん。フィーの言っていた通りだね。けれど、どうやらきみの攻撃も俺の本気を引き出せる程じゃあないらしい」


 困惑と怒りの入り混じった眼光鋭くこちらを睨みつけるトニクルガルには悪いけれど、どうやらもう負けることはなさそうだ。

 あとはその素早さで逃げられてしまうまえにどう仕留めるかだね。


「逃げられちゃ困るし、適度に怒って貰うとしようかな」


 岩襟龍サブマノゲロスにミミが傷ひとつ付けられなかった安物の鈍らを鞘から引き抜く。


「さあ、意地があるのならば見せてみろ、トニクルガルッ!」


 まず一撃、縦に薙いだ剣を素早い動きで横に躱される。

 トニクルガルはそのまま身を屈め太い四足で強く地を蹴り隙だらけの俺の脇腹目掛けて噛み付かんと飛び掛かり――弾かれる。


「俺の剣はお前に届くぞ! トニクルガルッ!」


 ひと噛みに俺を殺そうと攻めてきたトニクルガルの攻撃を、最低限まで範囲を小さくした絶対防御アブソリュート・シールドでわざと受け止め、今度はその隙を突いて剣の柄でトニクルガルの横っ面を殴りつける。


『グルルル……』


 俺に殴られたくらいじゃさすがに新大陸の魔物にダメージは無いようだが、顔を殴ってやったことでトニクルガルはうまいこと俺に対して怒りを抱いたようだ。


 全身の体毛が逆立ち、灰と黒のまだら模様だった体は全身に青い雷光を帯びて雷の化身のような出で立ちだ。


『クルルルァァァァァン――ッ!!』


 咆哮。


 瞬間、トニクルガルを中心に強烈な魔力が爆発し、霹靂と稲妻の嵐が周囲を焦がす。


 川辺の砂利は衝撃で爆ぜ、礫となって高速と飛び交い、川の水面は局所的に沸騰し川の中で暮らしていた生物たちの命を一瞬にして灰へ変える。

 草木は塵と化し、暴風に荒れ狂うように舞う。


 たった一瞬で周囲の地形に影響を及ぼし、多くの命を奪い去るその凶暴な力はまさに新大陸の魔物。


 それはまさしく、トニクルガルの放った全身全霊の暴力であったのだろう。


「きみの強さは間違いなく、俺がこれまで出会った魔物の中で最も強き物だ。けれど、きみの力はやはり俺の大切な人のそばに置いておくには強すぎる」


 トニクルガルにとって、その一撃は己以外の生物の存在を許さない誇りある攻撃だったのだろう。


 その荒れ狂う青い誇りの嵐の中を俺はまっすぐにトニクルガル目掛けて駆ける。


「良い闘いだった」


 絶対防御アブソリュート・シールドで覆われ不滅の剣となった俺の剣がトニクルガルの胸部を貫く。


『グ……ルルォォ?』


 魔力を霧散させ、静かな鳴き声を上げて意識を失い地に伏せるトニクルガル。


 まだまだ新大陸の浅瀬。

 フィーは東端のこの辺りの魔物はまだまだ弱いと言っていたけれど、トニクルガルはグランバリエに生息していれば間違いなく災害級の魔物として恐れられただろう。


 これからの冒険がますます楽しみだ。

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