五日目『おれたちの歌をうたえ』レビュー

 直木賞読破レビュー企画も今回でラストの大詰め千秋楽でございます。

 ちなみにほぼほぼ20時投稿の約束は守れませんでした。申し訳ありません。現在、土下座をしながらこの文章を打っているのでどうか許してください。

 それでは地に頭を伏せたまま、最後の作品『おれたちの歌をうたえ』をレビューいたします。どうぞ。




 *




 河辺かわべ久則ひさのりは現在、デリヘルの配送員という仕事で糊口をしのいでいる、還暦間近の冴えない中年男性である。部屋は散らかり放題、己の外見に頓着はなく、家族はもちろん友人と呼べる人間もいない。東京の片隅で、その日暮らしをするだけの男であった。

 そんな男のもとにある日、茂田と名乗る男から電話が来る。


「あんた、ゴミサトシって知ってるか?」


 知っているどころではない。

 五味ごみ佐登志さとし――若かりし時間を過ごした長野の地。そこで共に暮らした、かつては親友と言っても差し支え男の名前である。

 久則ヒーちゃん、サトシ、ショーゴ、フーカ、キンタ。

 その五人は、『栄光の五人組』と呼ばれるほど仲のいい幼馴染であったのだ。


 くすぶった日々を過ごす河辺は、佐登志の死を伝える電話をきっかけにして、四十年前の出来事を思い出しながらも――同時に佐登志の遺した暗号がもたらす遺産を巡る騒動に巻き込まれることになる。


 『栄光の五人組』と呼ばれるきっかけとなった、冬の日の事件。

 大切な人の失踪。

 慕っていたキョージュの変貌。

 芽生えたての淡い恋心。

 将来への不安と苛立ち。

 佐登志を含む幼馴染五人を引き裂いた忌まわしき事件。

 父親を含む、様々な偏見に満ちた地元の人間達。


 佐登志の遺産を追うことで思い出される、若かりし日の思い出。

 河辺は、様々な思惑に巻き込まれながらも真実を探し求める。

 元刑事として。そして何よりも、佐登志の友人として――。


「そんなものをおれたちは、人生とは呼ばない」


 都会の闇を目の当たりにしながらも、田舎で暮らしたあのころのように、もう一度信じられるだろうか。仲間を。そして自分自身を。

 昭和の時代から平成を経て令和まで続く、大河ミステリーが今、幕を開ける。




 *




 この作品の特徴は何よりもまず、現在と過去の場面を、河辺の回想を交えて行ったり来たりする点である。

 通常、良い作品のセオリーとしては、混乱を避けるために時系列に沿ったストーリー展開が吉とされるそうである。回想はあっても一度くらいにとどめるのがよいと、とある創作評論で目にしたことがある。

 だがこの作品は、過去の出来事が現在の引き金トリガーとなっているため、頻繁に過去と現在を往復する構成となっている。

 それでも混乱をもたらさず、むしろ現在に繋がる過去を知りたいと思い、読者自ら過去の物語を求めるようになる筆致には舌を巻いた。


 また、文豪たちの作品に絡めた暗号が仕組まれているなど、ミステリーとしての完成度も抜群である。私は一時期を境に古典文学を離れたのだが、再度それらを読み直せば、なおこの作品を楽しめることは間違いない。己の読書量が純粋に反映される作品でもある。


 そして何よりも――最大の魅力は、物語を通じて描かれる友情の在り方だろう。

 壊れてしまった、かつての友情。

 それを再び手にできるのか、それとも壊れたままなのか。

 友人の死がもたらすのは、恵みか決裂か。

 信じ続けることは、美しさか愚かさか。

 作者は物語を通じて、様々な人間の本性を問うてくる。

 それに答えられるだけの過去が、己にはあるのか。


 自分の過去と向き合いながら、この先の未来に向かい、現在を見つめなおす河辺の姿は――まさしく人間の所業そのものである。

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