三日目『スモールワールズ』レビュー

 初めにお断りいたします。

 本来、三日目は『おれたちの歌をうたえ』のレビューを行う予定でしたが――誤ってスモールワールズを読んでしまったため、急遽今回は『スモールワールズ』をレビューさせていただきます。

 大変申し訳ございません。


 気を取り直してレビューに戻ります。


 今作は六つの短編集である。

 ホームドラマ、ジュブナイル、ミステリーと様々な要素が複雑に絡み合った物語にて構成されている。また直接の要素はないが、各話の登場人物や舞台がリンクしており、次話でその要素に気付くと少しだけ「おっ?」と思ったりする。ちなみに最終話と第一話にもリンクする要因があるので、この『スモールワールズ』は全話がリンクしていることになる。

 特に明示されていることではないので個人的な考察になるが、いずれの物語も繋がっているということは、それぞれが他人事ではない――すなわち、誰にでも誰にでも起こりうる、誰でも抱えうる問題であることを暗示しているような気がする。それほど身近な切なさが、この物語には秘められており、共感を呼ぶのだと思う。


 さて、さっそく各話のレビューといきたいところなのだが、時間と文字数に制限があるため、一話だけを選りすぐって紹介させてもらおうと思う。


 紹介するのは第二話「魔王の帰還」である。


 将来を有望視されながら、とある事件で高校野球界を離れた鉄二(身長183センチ)。

 「離婚をする」と言って出戻ってきた、真っすぐですぐに手が出る乱暴者の姉、真央(通称「魔王」。身長188センチ!)。

 特に特徴もないのに、クラスで浮いている奈々子(多分小柄)。

 そんな三人がふとしたきっかけで知り合い、お互いに共通点があることに気付く。

 それは――負けっぱなしであること。

 そこで、小さくても確かな「勝ち」を求めて、三人はとある大会に出場することになる――というのが、話の大筋である。


 大別すればジュブナイル系で、他の話に比べれば最後まですっきりとした展開となっている。コミカルな進行のため一番読みやすく、読後感も大変良かった。また、舞台も「高校生の夏」というもっとも多感センシティブな時期なので、青春小説が好きな人はまず手に取って、この一話だけ読んでも損はしないくらいだと思う。


 そんな「魔王の帰還」だが、私が共感できるポイントはもうひとつある。


 姉に頭が上がらない弟の悲しさである。


 あまりにも共感できすぎて、「もしや作者にも姉がおるのでは?」などと勘ぐって調べてみたものの、どうやらそうではないらしい。兄はいるようだったが。


 それはともかく。


 もちろん私の姉は、真央のように図抜けた巨体でもなければ、乱暴者でもない。

 だがしかし、敵わないものは敵わないのである。

 人生の一番身近な先輩であり、私の通った道を先んじて歩いたという事実には、反発しても否定できない重みがある。まして私のように下手に弁が立つ人間には、そういった「抗えない事実」を振りかざすのが大層有効なのである。

 鉄二は暴力。

 私は事実。

 種類は違えど、絶対に逆らえない力で押さえつけられるその様は、世間的には「情けない」と映るかもしれないが、私にとっては「頑張れ!」と、つい応援してしまうものだった。


 だからこそ、鉄二の気持ちはよく分かった。

 彼はきっと、物語の初めは頭の上がらない姉を疎ましく思い、「早く帰れ」と願ったであろう。


 だがしかし。


 物語終盤で彼は、違った意味で「早く帰れ」と願うことになる。

 そして魔王は、鉄二の願い通り自分の戻るべき場所へ帰っていく。


 それが何処かは――是非読んで確かめてほしい。




 *




 その他にも、


 日本推理作家協会賞短編部門候補作となった、最後まで怒涛のどんでん返しが続く「ピクニック」

 子供に恵まれない主婦と家庭に恵まれない少年の交流を描いた「ネオンテトラ」

 加害者と被害者遺族の往復書簡によるやりとりを描いた「花うた」

 不器用な親子のすれ違いを描いた「愛を適量」

 深く触れ合うことを恐れながらもお互いを大切に想う「式日」


 など、傑作短編が勢ぞろいの本作である。

 また現代的な言葉遣いも多く、全候補作の中でもっとも読みやすいと思うので、受賞の有無はともかくぜひ若人わこうどに読んで欲しい一冊である。

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