一日目『テスカトリポカ』レビュー

 われらは彼の奴隷ティトラカワン

 帯に書かれたその言葉が、私の胸を貫いた。




 本作の主だったテーマは、資本主義の闇を描いた作品である。

 麻薬密売、臓器売買、児童虐待、それらを繋ぐ、血に染まった暗黒の資本主義ダークキャピタリズム。日本という平和で無宗教な国で育った身としては、とても信じられない「信仰と暴力」に支配されたおぞましい人々の行為が描かれている。

 改めて考えれば、この作品は直木賞候補作――すなわち大衆文学である。数年前ならば大衆向けの娯楽エンターテイメント小説として、荒唐無稽な非現実ととらえることもできただろう。


 だが我々は知ってしまったはずだ。

 2015年の、イスラム国事件を。


 イスラム過激派組織(ISIS)が日本人二人を人質とし、日本国に対して身代金を要求した挙句に、人質を無惨に殺害した忌まわしい事件である。


 数年前にその事件が世間を騒がせた際、私の胸中を覆ったのはひとつの疑問だった。




 ――なぜ、そんなことができるのだろう。




 同じ人間じゃないか。なのに、自分勝手な理由で金銭を要求した挙句、語るもおぞましい方法で殺害するなどと、およそ信じられなかった。相手は我々じぶんいがいを人間だと思っていないのか。それとも、自分たちは人間とは別の存在だと思っているのだろうか。


 そして何よりも――なぜ、こんなことをする人間がしていられるのか。


 そのことがずっと不思議で仕方がなかった。


 この事件の数年前に父を亡くしていた私は、「なぜ私の父は死ななければならず、非人道的な行為をする人間は生きながらえているのだ。まして――他者の生命を奪ってまで」という気持ちでいっぱいだった。だからその後、テロや過激組織について調べたりもした。

 そこについて回るのは、必ず「信仰と暴力」であった。


 そこで知ったことは――彼らは、自分たちを特別だなどと思ってはいないということだ。そしてまた、我々じぶんいがいを人間だと思ってもいるということだった。


 ただ、信じるものが違うだけなのだ。


 そんな人たちの精神性メンタリティを理解できぬまま、いつしか日々の生活に忙殺され、そんな疑問を心の片隅に追いやっていたところ――今作「テスカトリポカ」と出会った。

 そして、冒頭の言葉が呼び覚ましたのだ。


 あの日抱えた、私の疑問を。


 もしかしたら、この中に答えはあるのかもしれない。

 そう思ってこの本を手に取り読み終え、私はひとつの回答を得た。


 彼らは、ただ信仰に従っているだけなのだ。


 彼らの神が許さない。だから他の人間を排除する。

 「そこに競争はない。独占があるのみだ」とは作中に登場する麻薬密売の縄張りを示す言葉だが――それは信仰にも当てはまるような気がした。

 作中で、メキシコの古代王国アステカに生きる先住民族インディヘナは、欧米のキリスト教徒という名の征服者コンキスタドールに制圧され、カトリックへと改宗と語られている。つまり、外の神がメキシコの地を独占したのである。

 だからやり返すのだ、と。

 戦って、血を流してでも、己の神を取り戻すために。


 それが、「信仰と暴力」に生きる世界の姿であった。


 そのうえで、ひとつだけ実感したことがある。


 これは、遠い異国の物語ではない。

 ましてや単なる創作フィクションでもない。

 すべては、すぐそばで起こりうる想定のひとつなのだ。

 この作品は警鐘を鳴らしている。


 目を背けたくなる残虐な行為も、

 宗教的価値観の相違も、

 金銭がもたらす魔力も、

 すべては人間のなす行いであると――。




 古代文明の王国アステカの神は、夜の闇の中で我々を見つめている――。




 *




 ――とまあ、真面目なレビューのあとで語るのもあれなんですが。

 とにかくこの作品、残酷描写に溢れておりまして。

 血やらなんやら私の苦手なものがてんこ盛りで、最初に選んだのを後悔するほどでした。

 そのため、結果的に相当読むのに時間がかかってしまい、レビューも相当遅くなってしまいました。

 本来、20時更新の予定だったんですが、さっそく守れなくてごめんなさい。

 明日以降は頑張ります。それでは。

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