私
「次移動教室だっけ?」
「早くいこ」
私の仲のいいグループ。一緒にいるのが当たり前のグループ。このグループをはっきりといつメンとして認知するようになってから、もう二年になる。
そして私はここのメンバーがあまり好きではなかった。それに気づいた時にはもう手遅れだった。
中学生みたいにひねくれた考えを時たま見せて自分に酔いしれてる奴も、大人しいようで話始めると自分のことばっかの自分大好きちゃんも、一人大人ぶって遠くから見ている奴もいる。
長い間一緒にいたせいか、人の悪いところがよりよく見えるようになった気がする。昔は知らなかった。だから仲良くやれた。でも、付き合いが長くなればなるほど、その人の嫌なところが目に付くようになる。
でも私はこれに時たまイラつくことがあっても、受け入れることができた。
きっと皆そういうものなんだろう。それを仕方のないものとして妥協して、受け入れている。だからそういう私も妥協している。
逆もまた然り。
私のこういうところにうんざりしている人はいるはずだ。きっとあっちも受け入れることを受け入れたのだ。
ただどうしても受け入れることを拒む人がいた。
日生友香。
彼女には全く自分というものがない。なんでも誰かが言うことに賛同して、言いなり。周りが発した発言が面白ければ、そこに乗っかろうと必死。いつもうざいくらい笑顔を浮かべて、満足げなのが腹立たしい。
以前はなんとも思わなかったのに。今ではその笑顔が私をイラつかせた。
仲がいいというのは本当。でも、仲良しで仲良しでいつも一緒ってわけじゃない。それぞれ他にも仲いい人はいる。その骨格は私の日常に溶け込んでいて、もう取り出すことは出来ない。気持ちに関係なく当たり前なものとしてそこにある。多分、もう離れられない。その枠の中で私たちは言葉にせずとも互いに頷いている。きっとそういう関係。
だから私だけが首を横に振ることは許されない。
そう思うと授業中は楽だった。別に無理してそのグループの中にいる必要もなければ、何かを考える必要もなかった。
私の前の席にいたのは伊藤だった。
望んでしているのかは分からないが、彼女の一匹狼ぶりには憧れた。もちろんいざ自分がやってみれば、数日ももたないだろうことは分かっていた。そんな孤独、きっと耐えられない。
お昼はグループのみんなが集まって食べているわけじゃない。席の近い人にも仲のいい人はいるからと食べている人は多い。佐藤愛はいつも周りの席の人と楽しげに話しているし、石井桃花は隣のクラスに出張している。神無月美咲は周りの席に関係なく、基本一人で席を動かないけど、最近では友香がその聖域に侵入している。美咲は優しいから笑顔で受け入れているけど、もし私だったらいい迷惑だ。でも、お弁当が終わったら、自然とみな私の席の周りに集まってくるし、一人で食べていることを気にしたことはない。むしろその方が気は楽だった。
「あれ友香は?」
「またいなくなっちゃたね。」
ただどうにもここ二、三日、友香が昼休みに姿を消す。それが何となく私を嫌な気分にさせた。
友香は明らかにグループを重視するタイプで、ましてや自分から和を抜けていくなんてあるはずもなかった。
別にどうでもいいことだ。友香が何をしていようが、私には何も関係ない。むしろいない方が私にとっては良い。
次の日も、また次の日も、友香は昼休み開始と同時に教室からいなくなってしまう。それで教室に帰ってくるのはいつも昼休み終了のギリギリで、捕まえる暇もない。よく見てみると、彼女はお弁当を持って行っていないのだ。それがますます彼女を霧の向こうへ追いやった。
私の知らないところで何かが起こっている。
そう思うと、どうでもいいはずなのに、私にはそれが気になって仕方なかった。それと同時に苛立たしくて仕方なかった。
そしてついに私は、昼休み開始のベルが鳴った瞬間、友香の腕を捕まえた。友香は目を見開いてこちらを見た。
「どうしたの?」
「お昼、いつもどこ行ってるの?」
いつも笑顔の彼女が、珍しく顔をしかめた。聞かれたくない所を突かれたようだ。
でもそれは一瞬のことで、彼女はすぐにいつものように笑った。
「別にどこでもいいじゃん?」
ああ、またこの顔。うざったらしい笑顔。
「それじゃあ、行くね」
そして、これ以上聞くなと言うように、私の手を振り払って歩み出した。
「友香!」
「なに?」
「なんで言えないの?言えないわけでもあるわけ?」
「別に関係ないじゃん。なんで?」
「気になってるから聞いてるだけでしょ!」
「別にどこでもいいじゃん。しつこい!」
友香はぶっきらぼうに言い放った。
「でも、いつもお弁当持っていってないよね?」
彼女は少したじろいだ。
「持ってくよ!」
怒鳴るように言った友香は、自分の席からお弁当が入っているだろうと思われるバックを強引に引っ張って、机の脚にぶつけながら手元に寄せる。
なんでそんな怒鳴られなきゃいけないの?
「私は聞いてるだけでしょ?なんでそんな言い方されなきゃいけないわけ?」
私の知らない彼女だった。それが異様にムカついた。
「……私行くから」
彼女は私を突き放して教室から飛び出した。
追いかけていく気にはなれなかった。それ以上にあんな態度を取られたことにひどく腹が立って怒りが収まらなかった。
その日もまた、友香は五時間目が始まる数分前に教室に戻ってきて、席に座った。
一日の時間を経て、どうして自分があそこまで友香のことを問い詰めようとしていたのか分からなくなってしまった。冷静になればなるほど、自分にも非があることが分かってくる。自分が嫌になった。それでもあの態度に謝る気にはなれなかった。
だから今朝は友香とは一度も言葉を交わさなかった。彼女はあからさまな態度を取らなかったものの、心ではそれを望んでいたようだった。その分友香のことを考えてイライラしなくて済む。
それでいいと思った。
だが、それを許さなかったのは、美咲だった。
「ねえ、飛鳥……」
美咲はちょんちょんと私の袖を引っ張って集団から引き抜く。
「どうしたの、美咲?」
「友香と喧嘩してるの?」
美咲の顔には、心配の二文字がはっきり浮かんでいた。
「喧嘩ってほどのことはしてないよ。ただちょっとお互いに言い過ぎたっていうか……くだらないことで言い合いになっちゃって。自分が悪いっていうのも分かるんだけど、友香のことが分からなくて……昔はあんなじゃなかったのに。」
「まあ、友香はあまり自分のこと話さないからね。」
友香のことをそう評するのはたぶん私と彼女だけだ。なのに、彼女には愛が、私には憎しみがあった。
美咲は周りのことを一番よくみている。グループどこかにひびが入れば、必ずこうやって解決しようとする善人だ。それは心からの善意なのだ。悪意という汚れは全くない。
それに一体何度救われ、何度苦しめられてきたか。
「でも、友香も飛鳥のことを傷つけるつもりで言ったんじゃないよ。ほら、友香は不器用だから」
でも、美咲を恨むことは決してできない。それほどまで私は彼女が好きだったから。
「昼休みに、友香に謝るよ。」
私も悪いことをした。友香が気に食わないから、とかそんな理由で自分の非を認めず謝らないなんて、まるで子供じゃないか。
「うん。それがいいと思う。」
それにこれ以上この善い人の心配する顔を見たくない。
そして昼休みになった。
友香はいつものように、いつもに増して素早く、この教室から立ち去るとする。私は席を飛び出し、彼女の腕を捕まえた。
友香は私を見ると驚き、目を見開いた。そして寂しそうな、申し訳なさそうな顔を浮べて、すぐにその顔を逸らした。
「友香、ごめん。私昨日……」
「こっちこそ、ごめんね。私もあんな言い方しちゃって……」
彼女は両手を合わせて謝る。彼女はまるで昨日のことが何もなかったかのように、さっきの寂しそうな顔をなかったかのように、笑ってみせた。
あの笑顔だった。彼女はまたあの軽薄な笑顔を浮かべて見せたのだ。
身体に悪寒が走った。
「う、うん……」
「じゃあ。今日は一緒に帰ろうね。」
彼女は手を振って、いつものように教室を出て行った。その背中は少し寂しそうに感じられた。
「ちょっと待…………」
勝手に身体から出ようとした言葉を、寸前のところで呑み込んだ。私は反射的に伸ばしてしまった手を引き戻して、ぽつぽつと自分の席に戻っていった。
最後に自分が何故彼女を呼び止めようとしたのか、胸に聞いてみても分からなかった。でも何かが釈然とせず、心にもやがかかって、妙に居心地が悪かった。
空は相変わらずの曇天模様だった。
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