第36話 俺の気持ち





「お前を好きって……どんな冗談を言ってるんだ」



 くだらない、そう吐き捨てた声は震えていなかっただろうか? 自信が無い。

 それぐらい悪魔の言葉は、俺の精神に大打撃を与えた。


 好きになったらとけるなんて、一体どこの昔話だ。俺は呪いにかけられたお姫様か。

 言いたいことは頭に浮かぶが、口にすることは出来ない。というよりも、ショックで声が出ないのだ。


 俺の気持ちがバレた。

 そしてそれと同時に、罪を思い出させるなんて、なんて性格が悪いのだろう。

 ずっと悪魔の手のひらの上で踊らされていたわけだ。

 それなのに、間抜けにも望み通りに好きになってしまった。



「そんな顔をするな」


「……元からこんな顔だ」



 たぶん、今の俺は酷い顔をしている。

 隠そうとしていた気持ちを暴かれて、どんな表情を浮かべたらいいのか分からなかった。



「俺は嬉しいよ、翔平。こんなに嬉しい愛の告白は無い」


「ち、違っ」


「一体何が違うって言うんだ。何度も言わないと分からないのか? 記憶が戻るのに、他に方法が無い」



 その言葉は、俺を色々な意味で追い詰めていた。

 続きを聞きたくなくて耳を塞ごうとする。その行動は完全に読まれていて、手を掴まれてしまった。



「今どんな気分なんだ? 自殺に追い込んだ俺を好きになってさ」


「止めてくれ」


「あの日のことは、よく覚えている。放課後の教室で、翔平を恋愛的な意味で好きだと言った時、なんて答えたのかも」


「止めろ」


「男同士だから、そういう風な目で見るわけが無い。一生。気持ち悪い。裏切り者」


「頼むから」


「一生好きにならないと言っていたのに、どういう気持ちの変化だ? 気持ち悪いと、まるで虫けらを見るような目を向けてきたのに」


「悪かった」


「あんな風に蔑んだ俺が、自殺したと聞いて焦っただろ。自分のせいなんじゃないか。いや、きっと他に原因があったんだ。でもそうだとしたら、あまりにもタイミングが悪すぎる」


「俺が悪かったからっ! もう止めてくれ!」



 耐えきれなかった。

 淡々と事実を言っているからこそ、精神をゴリゴリと削ってくる。




 話を止めるために叫べば、悪魔の顔が近づいてきた。

 唇にキスを落とされても、胸が高鳴るどころか、恐怖におののく。

 俺に罪を自覚させて、一体どうするつもりなのだろう。

 これも堕とすための準備なのか。



「翔平、俺と一緒にいこう。お互いに想いあっているのだから、なんの問題も無いはずだ」



 どろりと溶けそうなぐらい甘い。

 その甘さに、俺は反抗する必要なんてあるのだろうかと、そう思ってしまった。

 俺も悪魔のことを好きで、向こうは元々俺のことを死んでもなお好きでいてくれる。

 こんな風に相思相愛なのだから、悪魔の言う通りなんの問題も無い。



 差し伸べられた手を、俺は取ってもいいのか。

 ためらう理由がなくて、そっと手を伸ばそうとした。

 でも手が触れる瞬間、チャイムの音が鳴り響き動きが止まる。


 悪魔が舌打ちした気がしたけど、とても小さかったから聞き間違いかもしれない。きっとそうだ。

 そうじゃなければ、手を取ろうとしたことを後悔しそうになる。



「翔平、どうした? 早く手を」



 急かしてくる姿に、ほんの少しだけ違和感があった。

 何をそんなに急いでいるのか。

 こんな大事なことを、ろくに考えもせずに決めてしまって本当にいいのだろうかと迷い、伸ばしていた手を引っ込めた。



「何をしている? どうして俺の手をとってくれないんだ」



 一応、無理やり連れていく気はないらしく、言葉では急かしてくるが向こうから手を伸ばしては来ない。

 やはり何かおかしい。

 今手を取るべきじゃないと本能が察し、俺は後ずさりながら早口でまくし立てた。



「じゅ、準備させて欲しい。だから一度家に帰してくれ」



 そして返事を聞く前に、屋上から逃げ出す。

 悪魔は追いかけてこなかった。

 でも逃がさないという雰囲気を感じて、家に帰りながらも、その気配をずっと身にまとっているような気がした。





 家に帰ったからといって、何かいい案が浮かんでくるわけじゃない。

 先程から部屋の中をウロウロとさまよい、考えをまとめようとしているが、気持ちが焦るばかりだった。

 時間を無駄にしていたら、悪魔が部屋に現れてしまう。


 そうすれば、今度は逃げられないだろう。

 俺は悪魔と共に堕ちて、そして地獄にでも行くのか。

 人を間接的に殺した罪深い俺には、お似合いの結末だ。


 でも地獄だとしても、悪魔と一緒なら幸せだと思ってしまう。そんな俺は頭がおかしい。もう手遅れだった。



「……待っていてばいいか」



 諦めて待っていてば、きっと悪魔が迎えに来てくれる。

 そしてそのまま二人だけの世界に……



 待つことに決めた俺は、ベッドに移動しようとしてつまづきそうになった。

 足が何かに引っかかったせいだ。



「あっぶな……」



 急に転びそうになって、心臓がバクバクとうるさく騒いでいる。

 転びそうになった原因を見れば、少し前にストーカーからもらった手紙をしまいこんでいた箱だった。


 ベッドの下に置いていたはずなのだが、どうしてここにあるのだろう。

 不思議に思いながらもベッドの下にまた戻そうとして、そして思い直した。

 ここに置いたままにしていたら、家族が見つけた時に困ったことになる。

 痴情のもつれで行方不明になったと思われたら考えたら、残してはおけなかった。


 悪魔が来る前に燃やしてしまおう。

 そう考えて、勢い良く箱を開けた俺は固まった。




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