第35話 そして思い出す





 悪魔と一緒に学校にいて、俺は罪の意識に苛まれていた。

 隣同士の席に座って授業を受けていて、それがまるで涼介が生きていた頃のようで、自殺する前のことを思い出したのだ。

 今まで忘れていたことがおかしかった。



 授業が終わり、俺は何も言わずに教室から飛び出た。

 悪魔が声をかけてきたけど、完全に無視して屋上まで走った。

 全速力で走ったせいで、着く頃には息も絶え絶えで膝に手を着いて休まないと死にそうなぐらいだった。


 屋上はフェンスに囲まれているけど、そこをよじ登って飛びたい気分だった。

 一言で表すのなら、死んでしまいたい。

 今の俺は、後悔と懺悔でいっぱいになっている。



「翔平」



 ようやく呼吸が落ち着いてきた頃、タイミングを見計らったように、悪魔が話しかけてきた。いやたぶん、俺が落ち着くのを待っていたのだ。

 顔を見るのが怖い。罪の意識に苛まれて、同じ場所にいることさえも嫌だった。

 そんな俺の状態を分かっているくせに、悪魔は知らないふりをして近づいてきた。



「さっき言ったことを、もう忘れたのか。俺のことは無視するなって、そう言っただろ」



 別に、無視したくてしているわけじゃない。顔が見られないだけだ。



「翔平、大丈夫か?」



 声がした方とは逆に、顔を背けた。



「こっちに来ないでくれ!」



 でも近づいてくる気配に、俺は手を突き出して叫んだ。

 傍に来られたら、全てバレてしまう。

 俺の罪も、何もかもが。


 だから来ないで欲しいと必死に願ったのに、俺の味方はいないようだ。

 突き出した手を掴まれ、そして甲に柔らかいものが触れるのを感じた。



「翔平、こっちを見てくれ」


「……無理だ」


「良いから」



 嫌だと言っているのに、見逃してくれない悪魔は無理やり目を合わせてくる。

 視線が重なった途端、何も言わなくても俺の考えが通じてしまったのを悟った。



 さあ、悪魔はどんな反応をするのだろうか。

 俺を裏切り者だとなじるか、それとも悲しむのか。

 判決が下される罪人のように待っていれば、くつくつという音が聞こえてきた。



 笑っている。

 その反応は予想外で、思わず顔を凝視してしまった。



「何をそんなに驚いた顔をしているんだ。翔平」



 口元に手を当てているが、笑いをこらえきれていない。



「……どうして、そんなに笑っているんだ……?」



 信じられない気持ちで聞けば、その質問さえもおかしかったようで吹き出した。



「いや、まさか忘れているなんて思わなかったからな。段々と俺に対する遠慮が無くなっていたが、あんなに強烈な記憶を忘れたのか?」



 悪魔の言う通りだからこそ、ぐうの音も出ない。


 自分でも驚いている。

 どうして俺は忘れてしまったのだろうか。

 あんなにも大事な記憶。隠さなきゃいけない事実。



「俺がこんな風に姿を見せているから、生きていると錯覚したのか? だからあの日のことを忘れてしまったのか?」



 そうなのだろうか。

 いや、普通だったら忘れるわけが無い。

 まるで何かしらの術をかけられたかのような……。


 そこで俺はハッとする。



「……俺に何かをしたのか?」



 自分の非で無いと思いたいから、悪魔のせいにしようとしているわけでは無い。

 その記憶だけポッカリと無くなるのが、まずおかしかったのだ。

 悪魔が笑ったのは、俺が忘れていたからじゃなく、忘れさせられたことに今更気づいたからだろう。

 確信は無かったが、悪魔ならそのぐらいのことをしでかすはずである。



「ようやく気づいたのか」


「やっぱり、そうなんだな……」


「ああ。ゆっくりと忘れるようにしていたが、まさか気づかないとは思わなかった。鈍感なんだな」



 完全に向こうのせいなのに、馬鹿にしているような言葉に思わず手が出てしまいそうになるが、まだ聞きたいことがあるから我慢した。



「どうして、どうしてそんなことをしたんだ?」



 俺を苦しめたいのなら、消さない方が良かったはずだ。

 それなのに、一体どうしてこんなことをしたのか。



「どうして、こんなことをしたのかって? それは確かめるためさ」


「確かめる? 一体何を確かめようとしたんだ?」



 悪魔は何も答えない。

 その代わりになのか、俺の体を抱きしめてきた。



「何をごまかそうとしているんだよ。こんなことされても騙されないからな」



 腕の中から抜け出そうと暴れても、力が出ていないから、本気で抜け出す気が無いのがバレバレだった。

 だからなのか、鼻で笑われる声がする。

 それが嫌な感じじゃないからこそ、俺は力を出せなかった。



「なあ、翔平。今、どんな気分だ?」


「そんなの……最悪な気分に決まっているだろ」


「最悪な気分ね……本当にそうか?」


「何が言いたい」



 まるで心を見透かされているようで、俺は居心地悪くなり本気で抜け出そうとした。

 でもそれを読まれたのか、抱きしめる力が急に強くなった。



「記憶を思い出すきっかけは一つだ」


「きっかけ?」



 きっかけとはなんだ。

 あの時、思い出す前に俺は何を考えていた。

 その答えを自分で出そうとしたのに、悪魔が先に答えてしまった。



「俺を心の底から好きになった時、記憶は思い出す。全てを思い出したってことは……言わなくても分かるだろう?」



 言葉を理解しても、それを認める気にはなれなかった。





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