第34話 悪魔と学校





 今日は、どの教科の先生も可哀想だった。

 ほとんどの生徒が授業に全く集中せず、悪魔のことばかり気にしている。

 注意しても直ることはなく、その視線を向けられている悪魔はというと涼しい顔で授業を受けている。

 真面目にしている生徒を注意するわけにもいかず、最後は諦めて涙目だった。


 俺に助けを求めるような仕草を何度かされたけど、完全に無視した。大人なのだから、生徒に助けなんて求めないで欲しい。


 こんなにたくさんの注目を向けられるのが慣れているのは分かるが、俺の方を見るのは意味が分からなかった。

 先生が授業を諦めてから、隠す気もなく堂々とこちらを見てきて、視界の端に映るのがウザい。

 そんなに見つめられたら穴があきそうだし、悪魔が俺ばかり見ているからと、嫉妬の視線も向けられる始末。


 俺を巻き込まないで勝手にすればいい。

 当事者としてはそう思うのだが、言ったところで話を聞いてくれるはずもないので諦めるしか無かった。




「……おい」


「どうした?」


「分かってるだろ。あんまりこっち見るな」


「授業を受けている翔平を、次はいつ見られるか分からないだろ。だから目に焼き付けておきたいんだ」



 小声で見るのを止めるように言えば、こちらが恥ずかしくなるような答えが返ってきた。

 大ダメージを受けた俺は説得するのは無駄だと、何も書かれることは無い黒板を真っ直ぐに見つめる。



「なあ、翔平」



 そうすれば今度は向こうから話しかけられたので、絶対にそちらを見ないという強い意志を持って顔を動かさなかった。

 何回か呼ばれたが無視していれば静かになる。

 諦めてくれたかと安心していると、視界に悪魔の腕が入ってきた。

 なんだと思う前に、頬が掴まれる。



「なんだ、うおっ!?」


「こっちを見ろ」



 周りからざわめきと悲鳴が聞こえてくる。

 きっと顔も驚きに染まっているだろう。

 無理やり視線を合わせられているから確認していないが、簡単に想像出来た。



「な、なにすんだよ」


「翔平が俺のことを無視するからだろ。俺が呼んだら、こっちを見ろ。無視するな」


「はっ。横暴だな」



 完全な俺様発言に、かなりドン引きした。

 どこを見ようが俺の勝手だ。

 というか一応今は授業中なのだから、黒板を見ていることが当たり前である。

 あまりに理不尽すぎると、俺は頬を掴まれた間抜け面で睨みつける。



「それで? わざわざこんなことして何の用?」



 たくさんのクラスメイトの視線、頭を抱えている先生、目立つことはするなと言ったはずなのに、完全に忘れ去ってしまっているらしい。

 ここまでしたのだから、まさか特別な用があるのだろう。

 一体どんな用があるのかと聞けば、とろけるような笑みを浮かべた。



「ただ、翔平の顔が見たかった。それじゃ駄目か?」



 女子の甲高い悲鳴が響く。

 頭がキーンと響き顔をしかめると、またドヤ顔をしている悪魔のお腹に拳を入れた。



「そんなくだらない用で、一々こんなことするな」



 人間の姿をしているからか、いつもより痛そうにしている。

 お腹を押さえて唸っている様子に、胸がスッキリした。


 可哀想だのと、周りは口々に非難の言葉をかけてくるが、やられた本人は嬉しそうなのだから外野が勝手に決めることではない。



「なんでそんなに嬉しそうなんだよ。Mか」


「翔平がくれるものなら、なんだってご褒美だ。俺だけを見てくれ」


「……気持ち悪い」



 こんな変態に誰が育てた。

 おばさんやおじさんは普通の人だったし、きっと天然でこれなのだ。

 本当に気持ち悪い。



「いいぞ。もっと俺のことを考えてくれ。俺だけのことだけを考えて、俺でいっぱいになってくれたら、それ以上幸せなことなんてない。そうだろ?」



 本当に愛が重すぎる。

 女子は羨ましそうにしているが、本当に彼氏がこんな性格でも良いのかと問い詰めたくなる。

 ヤンデレが許されるのは、物語の中だけだ。

 イケメンだったら何でも許されると思ったら大間違いである。

 そして俺に甘い視線を向けてくるこいつは、人間じゃなく悪魔だから、余計に恋人には向かない。


 俺だけが本当の姿を知っているのに優越感がある。

 悪魔だと分かったら、どうせ恐怖で違う意味で悲鳴をあげることになるはずだ。受け入れられる人なんていない。



「一人で言ってろ」


「ああ。ずっと翔平の隣にいて、好きだと伝える。……愛してるよ、翔平」


「っ。そういう言葉を軽々しく言うな」


「思った時に伝えるのが大事だって、身に染みて分かっているからな」



 その言葉に、俺は胸を何かが占めるのを感じた。

 決して気持ちのいいものではなく、むしろ内部から全体を蝕む。このままだと、腐って溶けてしまいそうだ。



「俺は、お前のことなんか、お前のことなんか……嫌いだ」



 震えた言葉には、説得力が無かった。

 だから悪魔も傷ついた様子もなく、悪魔のくせに慈愛に満ちた眼差しで俺のことを見た。



「ああ、知っている」



 その返事に俺の方が傷つくなんて、勝手だと分かっていても痛みが消えなかった。




 二人の世界を作っている俺達を、クラスメイトも先生も間に入ることが出来ず、勝手な想像を膨らませていた。




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