第33話 ついてく悪魔




「……俺は大人しくしていろって言ったはずだけどな」


「? 大人しくしているだろ?」


「どこがだ」



 学校に来た俺は、すでに帰りたくなっていた。


 確かに悪魔は大人しくはしている。

 妙な行動をとったり、誰かにちょっかいをかけたりすることは無かった。

 でも、根本的におかしい。



「……どうして、お前の姿がみんなに見えているんだ?」



 そこは言わなかったけど、姿を見せてはいけないというのは当たり前のことだ。

 それなのに、登校中に視線を感じた時点で違和感があった。

 決定的だったのは、見覚えのある顔が話しかけてきた時である。



「よお! 東条と……神栖!」



 初めは耳がおかしくなったのかと思った。

 クラスメイトである彼は、涼介のことを知っている。もちろん死んだこともだ。

 それなのに普通に話しかけてくるなんて、どう考えてもありえない。


 俺は勢いよく悪魔の顔を見た。

 視線が合った悪魔は、何も言わずにドヤ顔をしてくる。



「だから言っただろ。大丈夫だって」



 確かに言っていたが、こういうことは予想していなかった。

 きっと俺を驚かせるために、わざと言わなかったんだ。

 あまりの性格の悪さに、思わず睨みつけた。



「お前ら、本当に仲が良いよな。ま、その方が俺達にとってもありがたいんだけど。女子が諦めて、こっちに来るし」


「それなら俺達は、ずっと二人でいるさ」


「神栖でも、そんな冗談言うんだな。仲が良いことで、なによりなにより」


「ああ、仲良しなんだ。だから邪魔しないでくれ」



 軽い感じで言っているが、その目全く笑っていなかった。

 でも向こうは幸運にも気づかず、ただの冗談として扱って、この場から離れていく。

 去っていく背中を眺めながら、俺は隣の悪魔に話しかけた。



「どういうことだ?」


「ちょっといじって、みんなには俺が生徒として認識するようにした。死んだことも、今の俺とは全く関係無いものになっている。この方がバレる可能性は低くなるだろう」


「それも一理あるか。目立つ行動は控えろよ」


「気をつける。でも……俺は目立つから無理かもな」


「自分でそれを言うか……確かにそうだけど」



 今でさえ女子からの視線が集まっているのだから、目立たないようにというのは無理かもしれない。



「もしかして教室までついてくるつもりか?」


「久しぶりに授業を受けたいからな。一緒にいる予定だったが駄目か?」


「駄目じゃないから、そんな捨てられた子犬みたいな顔をするな。女子の視線が痛い」


「それならいいってことか」



 別に俺の許可は必要ない気がするが、嬉しそうだからいいだろう。

 そっと手を伸ばせば、目を細める。

 そんなに撫でて欲しいのかと、俺は唇を意味もなく動かして、頭を雑に撫でた。



「痛い痛い。そんなに強くされると禿げる」


「禿げてしまえ」


「禿げたら困るのは翔平だろ」


「別に困らない。ツルッツルになれ」


「酷いな」



 ガシガシと髪を乱すぐらいに撫でて、さっさと置いていくように早足で歩いた。



「翔平、待てって」


「うるさい。ついてくるな」


「あまり離れるなって言ったのは、翔平の方だろ」



 言ったけど、今はそれを適応しない。

 どうせついてくるだろう気配を感じながら、俺は後ろを振り返ることなく、そのまま進んだ。



 悪魔の顔の良さを、俺は少し楽観視していたかもしれない。

 教室に来るまでに話しかけられた回数が二桁になった時から数えるのは止めたが、それからも何人かに声をかけられていた。

 そのうちの九割九分が女子で、残りは最初のクラスメイトと、廊下で会った担任だけだった。


 女子に対しては無視がデフォルトで、あまりにもしつこいと冷たく睨みつけたり、酷い言葉を吐き捨てていたが、めげない人の方が多かった。

 振り払われようが何しようが構わず、腕を強引にからませて胸を押し付けるのを見た時は、強いと素直に思った。

 それだけならまだ良かったのだが、全ての誘惑が失敗すると俺に恨みのこもった視線を向ける意味が分からなかった。

 俺が別に悪魔に素っ気ない態度をしろと言ったわけじゃないのに、彼女達の頭の中では一体どんな変換がされているのか逆に気になる。


 こんな感じで女子に対する評価を下げながら、ようやく教室に着いた頃にはすでに疲れ切っていた。

 生きていた頃だって、ここまでじゃなかったのに、魅了する何かでも放っているのだろうか。



「東条、どうした? 完全に死んでるけど」


「……色々あって……本当色々と」


「あー、何となく分かった。お前も大変だな」



 席に座ってすぐに机に突っ伏した俺に、先に来ていたクラスメイトが話しかけてくる。

 俺の疲れの理由を察してくれたようで、同情の眼差しを向けられた。



「友達が人気者だと苦労するな。うわ。女子がこっちを睨んでる。こっわ」


「いちいち教えてくれなくていいから。……今日一日憂鬱だ……」



 心の底から嫌だという気持ちを吐き出していれば、突然クラスメイトが静かになる。



「どうした? ……マジか」


「そんな嫌そうな顔をしてどうしたんだ、翔平」



 不思議に思い顔をあげれば、そこには悪魔の顔。

 俺の記憶が確かなら、隣の席には違う人が座っていたはずだが……これも能力か何かを使ったのか。



 更に突き刺さる女子の視線に、俺は現実逃避をすることしか出来なかった。





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