第31話 悪魔の見守り
影沼はちゃんと生きていた。
それが良かったとは、さすがに言えなかった。
学校に来た影沼は、もう俺の知っている影沼じゃなかった。
誰とも話さず関わらず、ずっと一人でいるようになった。
影沼に対して人が離れていっていたのもあり、誰もそれを気にとめていなかった。
でも、俺だけは気づいていた。
影沼の首に、見覚えのないタトゥーのようなものが刻まれているのを。まるで植物のツタが巻き付くように首を一周する模様は簡単に消えるものでは無さそうだった。
あれが何なのか、悪魔に聞けば答えてくれただろう。きっと返ってくる答えはいいものでは無いだろうし、どういったものなのか何となく予想も出来たし、あえては聞かなかった。
そして影沼とは、席替えをきっかけに完全に関わりが無くなった。向こうからは接触してくる気配もないので、俺もわざわざ関わりにはいきたいとは思えなかった。
あれから俺の周りは、とても静かになった。
あんなにうるさかった影沼がいなくなって、俺に積極的に関わる人がいなくなったからだ。
それに少しの寂しさを感じたが、すぐにうるさいのは嫌いだったのを思い出す。
影沼と関わらなくなったことにも慣れて、俺は興味を失っていた。
気持ちの変化に気づいた時は、自分がここまで冷たい人間だったのかと驚いた。
そして悪魔を結局、遠ざけることが出来ず、その事に安堵している部分があるのも問題だった。
悪魔も悪魔である。
俺を堕とすだのと言いながら、最近はこれといって何かをしてくるわけじゃなく、この前なんかはピンチなところを救ってくれた。
好感度を上げようとする作戦なら、悔しいけど大成功だと認めるしかない。
俺の考えていることを言わなくても察し、ピンチの時にはちゃんと助けてくれる。
たぶん、相手が悪魔じゃなく人間だったとしたら、俺はもしかしたら恋愛的な意味で好意を抱いたかもしれない。
今の俺にストップをかけているのは、相手が悪魔だという点。
逆に言うと、たったそれだけなのだ。
男だとか元親友だとか死んでいるということは、俺にとっては些細な問題だった。それは、かなりまずい話じゃないだろうか。
それを認めたくなくて、最近は天邪鬼を発揮し、悪魔に対し素っ気ない態度をとっている。
文句を言われるかと思ったが、悪魔は何も言わずそばにいる。
そんな様子に、もう俺に興味が無くなったのかと勝手に苛立って、さらに冷たく接してしまうという悪循環に陥ることが悩みだった。
相手が気にしていないみたいだからまだいいが、愛想をつかされても文句は言えない。
悪魔に優しくした方がいいのだろうか。いや、絶対にした方がいい。
そう考えるが、未だに実行には移せずにいた。
『悪魔 素直になれる方法』
なんて検索してみたところで、ろくなサイトがヒットするわけが無い。検索している時間が時点で、俺の頭はおかしくなっていた。
これから先のことを考えれば考えるほど、俺は何も出来ずにいた。臆病で、そして嫌われるのが怖い。なんて駄目な人間なのだろうか。
「最近、おかしなことは起きてないか?」
悪魔は影沼の時に何も言わなかったことが引っかかっているのか、毎日この質問を聞いてくるようになった。
そんなに頻繁に何かが起こるわけがなく、毎回いつも通りだと答えるのだが、どこか納得していないように見える。
前科があるので面倒くさいとは言えず、ちゃんと答えているのに悪魔は不安らしい。
どこか責めるような視線で見てくるから、俺も段々と苛立ちが募ってしまった。
「そんなに気になるのなら、学校についてくればいいだろう」
何も考えずに言った後で、やらかしたと思ったけど、もう遅い。
「そうだな。翔平がそこまで言うのなら、ついていこう」
別にそこまで言っていないのに、仕方ないとばかりに悪魔は首をすくめた。
そのしぐさに更に苛立ったが、俺は余計な喧嘩をするつもりはないので、大人の対応として我慢する。
それに渋々といった体なのに、嬉しさを隠しきれていない姿を見てしまえば、自然と俺もむず痒くなる。
「ただし、誰にも姿を見せないように注意しろよ。それと、俺の傍からは絶対に離れるな」
「分かった分かった」
見ていない隙に厄介事に巻き込まれたらたまったものじゃない。
まるで小さい子供にするかのような注意をすれば、また嬉しそうに表情を緩めた。
そんなに俺と一緒にいるのが嬉しいのかと、こっちまで恥ずかしくなる。
「さっそく、明日からいいだろう?」
「そうだな。ただし少しでも妙な真似をしたら、即刻帰ってもらうし、二度と許可しないから」
「ちゃんと気をつける」
注意しただけなのに、何故か機嫌が良くなった。
一緒になってから、まあまあの時間が経っているが、未だに喜ぶポイントが読めない。
気まぐれといえば簡単だが、ちょっとだけ違う気がする。
鼻歌まで聞こえてきて、俺はこんなにもちょっとしたことで大げさに喜ばれてしまい、どんな表情をしたらいいか分からず、苦虫を噛み潰したような顔になった。
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