第30話 悪魔の助け





 家に帰ると、部屋に悪魔が待ち構えていた。

 退屈そうに頬杖をついていたが、俺を視界に入れた途端、その表情がパッと輝く。



「おかえり。随分と遅かったんだな」



 こちらに近づいてくる時の話し方、その仕草を見て、俺は挨拶よりも先に思ったことを口にする。



「あの悪魔を、あそこに連れてきたのはお前か」



 近づく体が止まった。



「……バレるかもしれないとは思っていたが、まさかこんなに早いとはな。どうして分かったんだ?」



 バレたことに対する後ろめたさというのが全く無くなく、どうして分かったかという方が気になったらしい。

 しまりのない笑みを浮かべながら、また近づいてくる。


 何故分かったかなんて、そんなの一々説明するほどのことではないと思うが、精神的にも体力的にも疲れ切っていたので、さっさと答える。



「俺の怪我に気づかないわけがないのに、それについてまっさきに聞いてこなかった。たぶん、さっきの悪魔に連絡でも受けたんだろう。俺に怪我をさせる前に止められなかった謝罪とかそんな感じか」



 あと、もう一つ分かりやすい理由があった。



「今まで一度も会ったことの無い存在が、こうも立て続けに目の前に現れるのが偶然なんてこと、そうそうありえないだろう」



 悪魔になんて関わることなく、一生を終える人がほとんどだ。

 それこそ影沼のように悪魔祓いをしていたら別だが、俺は仕事にも趣味にもしたことは無い。


 それなのに俺のピンチに、あんなにタイミング良く現れるなんて、出来すぎたシナリオだ。

 これで隠そうとしていたつもりなら、あまりにもずさんすぎる。


 呆れながらも説明を終えれば、話を静かに聞いていた悪魔が吹き出した。



「それもそうだ。さすがに馬鹿にしすぎたな。悪かった」



 素直に謝ってはくれたけど、どこか納得がいかない。

 なんだろうと考えて、すぐに分かってしまった。



「……んで、なんで来なかったんだよ」



 自分でも気持ち悪いぐらいの拗ねた声を出してしまった。

 俺は助けに来たのが悪魔じゃなかったことに、まだこだわっているみたいだ。

 あの時、俺は悪魔がヒーローのように助けに来てくれたのだと思った。

 でも実際は知らない奴で、俺を助けに来たというよりは、影沼目当てで来たようなものだ。


 言いたくはないが、見捨てられたのではないかとそう感じていた。



「……翔平」


「うるさい。話しかけるな」



 口を閉ざして俯いていると、頭に手が置かれた。



「翔平、そんな可愛いことを言うな。我慢できなくなるだろ」


「我慢出来なくなるなんて、気持ち悪い。なんなんだよ、急にテンションを上げて」


「そりゃあ気分も良くなる。だって、翔平が俺が助けに来ることを望んでいたんだろ。他の誰でもなく俺のことを。それは気を許しているのと同じだ」



「そんなわけ……」



 自分でも分かっていたけど、素直に認めたくなかった。

 俺が意地を張って言っているのは向こうにも伝わり、笑う気配と共に頭を一定のリズムで撫でられた。



「誤解されるのは嫌だから言っておくけど、翔平が嫌いだから行かなかったわけじゃないからな」


「……それじゃあ、どうして」


「俺とその男を会わせたく無かったんだろう?」



 俺そんなこと言っただろうか。

 会わせたくは無かったけど、それを悪魔に直接は言わなかったはずだ。それなのに、どうしてバレたんだ。



「俺がどれだけ翔平のことを見ていたと思う。隠し事ぐらい、すぐに分かった。様子がおかしい原因は学校だというのは考えなくて明白だし、少し情報を集めてみれば転校生が来たという話だ。その二つと、頑なに俺に言わなかったという行動で導き出した。ただの転校生なら、隠す必要は無いだろ。それなのに隠したってことは、よほどそいつと俺を会わせたくないんだと思った。違うか?」


「……あっそ」


「何だ? 照れているのか?」



 たった少し不自然な言動をしたからといって、そこまで分かるものか。

 完全に否定しても良かったけど、どうせバレているのだからと開き直った。



「悪魔祓いとかなんとか言って、相だから性が悪かったから引き合わせなかっただけ。照れてない。もしも本物だったら、祓ってもらうつもりだったし」



 憎まれ口を叩いてしまうのは、ご愛嬌ということにしておいてほしい。

 自分でも難儀な性格なのは分かっている。



「影沼のことはもういいや。それよりも、あの変な悪魔とはどういう関係なの? 答えによっては、これからの付き合い方を考えなきゃいけなくなるんだけど」


「それじゃあ、答え次第によれば付き合ってくれるわけだ。いいことを聞いた」


「あー、訂正。何言ったとしても、付き合うわけなかった」


「恥ずかしがるなって。あいつは、まあただの変態だ。フラフラとさまよっていた時に、たまたま出会っただけだから、友達でも何でもない」


「ふーん。もう会うことは無いか?」


「たぶん。あー、絶対とは言わないでおく。怒られたくないから。まあ……」


「不穏なことを言うな。本当にまた会うことになりそうだろ」



 直接的に嫌なことをされたわけではないけど、生理的に受け付けない。

 もう二度と会うことは無いようにと願いながら、俺はこの話を終わらせた。




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