第29話 男の目的





「影沼満君。悪魔祓いを生業としていて、祓った悪魔の数は……この年齢からすれば、まあまあな方でしょうか」


「まっ!?  何言ってるんだ!」



 プライドの高い影沼からすれば、まあまあと言われて許せるはずがない。

 怖がっていたのに、そこで叫べるなんて逆に凄い。

 俺だったらいつキレられるか分からないから、何も出来ないし絶対に静かにしている。



「おやおや。とても元気ですね。元気なのはいいことですよ。それだけ活きがいいってことですからね」


「ひっ」



 まあ頬をするりと撫でられて、すぐに黙らざるを得なかっただけど。



「えーっと、あなたはどこの誰で何をしたいんですか?」



 このままだと話が進まないから、あまり目立ちたくはなかったけど話しかけてみた。

 存在には気づいていたはずなのに、いないものとして扱っていた男が、俺の方に視線を向ける。



「ああ。すみません。あなたのことを解放するのを忘れていましたね。興奮してしまって、ついうっかり。見たところ致命傷は無さそうですが、随分と痛めつけられたみたいですね」


「あー、そうですね。はい」



 白々しい話し方だが、俺の拘束をいとも簡単に解いてくれたから敵では無さそうだ。俺にとっては、という言葉が前につくけど。

 ようやく拘束が外された手と足は、動かすと微かではあったが中の方に痛みが走った。

 これは、しばらく動かすのが大変だ。重いものも持てないだろう。


 死の危険が無くなったから、こんなことを考えられるが、影沼に対して同情の気持ちを抱いていた。


 男性は拘束を外すとすぐに俺に興味を失って、影沼の方に向き直りおぞましい表情で舌なめずりをしたのを見てしまったからだ。

 どうやら男の興味は、完全に影沼に向いているらしい。



「あなた悪魔祓いなんでしょう? 私を見てなにか感じないのですか?」


「ま、まさか……」


「ようやく分かりましたか。私もあなたの言う悪魔なんですよ。そんなに私、擬態上手いですか? 光栄です」



 それこそ貞操の危機といった様子に、俺の方が引いてしまう。


 拘束も外されたことだし、帰ってもいいと思うのだが。

 二人のことは二人で何とかすればいい。俺がいたところで役に立つはずが無かった。



 でもモヤモヤが残っているから、この場から立ち去る前に解消しておく。



「あの。影沼にはやっぱり力があるんですか?」



 俺から悪魔の気配を感じたのに、男が悪魔だということには気づかなかった。

 その件は、影沼の力が本物なのか不明にしていた。



「そうですね……あるにはありますが、先程も言ったように中の中ほどです。脅威になり得るほどの人ではありませんよ。まあ、エサとしては最適ですが」


「ひっ!?」


「……あー。そういう……」



 影沼ドンマイ。

 まさかエサとして最適だなんて。

 でも、確かにそうかもしれないと納得してしまった。


 物語の中でも、こういう時は力が全く無いよりもある方が、力が取りこめると言われている気がする。

 影沼はまさか自分が敵とかそういうのではなく、エサとして見られているとは夢にも思わなかっただろう。

 可哀想すぎる。



 助けてあげようかとも考えたけど、得体の知れない男に勝てると思えないし、殺しはしないと言っていたから大丈夫だと信じよう。



「えーっと。ほどほどにお願いします」


「はい。承知しております。どうぞ安心なさってください」



 言質もとったし、俺が他に出来ることは無い。

 あと気になることといえば、三谷さんをどうするかだが。



「この男性は、私が責任を持って家まで送り届けます。きちんと記憶の方もいじっておきますから、もうあなたのことを思い出すことも無いでしょう。娘さんの死も、ただの自殺という記憶だけが残ります」


「……そうですか。ありがとうございます」



 これで俺が残る理由も無くなってしまった。

 影沼からの視線を感じるが、そっと視線をそらした。



「一応確認しておきますけど……俺に用は無いですよね。それなら帰ってもいいですか?」



 多分大丈夫だと思うが、確認しておいた方が安心か。

 そういうわけで男に帰っていいか聞けば、驚いた顔をして、すぐに吹き出した。



「ご丁寧にどうも。あなたへの用はありませんので、どうぞお好きになさってください」


「そうですか。それじゃあ、帰りますね。助けていただき、ありがとうございます」


「お礼なんてそんな。でも、はい。お気をつけて。楽しませていただきましたよ。とってもね。いい獲物も紹介していただき、こちらこそお礼を言わせてください」



 許可をもらったから、後は煮るなり焼くなり好きにしてもらおう。

 自分は人を殺そうとしたくせに、やられる覚悟がなかったなんて、そんなおかしな話はないだろう。

 だから俺に向けられたすがりつく視線に対して、軽く手を振って答えた。絶望に染まった表情に、心が痛むほど俺は優しさを持ち合わせていない。

 自業自得だ。


 そのまま出口に向かう俺は、もう二度と振り返ることは無かった。




 廃ビルの入口に差し掛かった時に、聞き覚えのある人の悲鳴が聞こえてきた気がしたけど、たぶん俺の勘違いだろう。




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