第28話 罪と男
蹴っても蹴っても俺が話さないからか、それとも体力の限界からか、しばらくすると蹴りが止む。
感覚が麻痺しすぎて、痛みを通り越しているが、動く気力は無かった。
「大丈夫? 東条君。死んでない?」
覗き込む影沼の顔に、ドラマのように唾を吐きかけてやりたかったが、全く体が動かない。
「……んで、ない……」
「何? よく聞こえないな。悪魔を呼ぶ気になったって?」
まだ諦めてないのか。
俺は呆れて、そして吐き捨てた。
「……しらないって、いってるだろ……ばーか……」
馬鹿にしたように笑えば、少しだけ胸がスッとした。
「自分の立場が分かってるのか? 本当に殺されたいの?」
怒らせてしまったが、全く怖くなかった。
俺の言葉一つでペースを乱されるなんて、まだまだ子供だ。
仕返しできた気になって、笑いが止まらなくなる。
「良いよ、殺せ。そうしたところで、得られるものは何も無いからな。俺だって、いつ死んでもいいと思っていたんだ。それが今日だった」
話すコツが分かったから、俺は言いたいことだけ言うと目を閉じた。
完全に相手を拒否し、もうこれ以上は何も話さないという意思表示だった。
「そっか。それじゃあ、お望み通りに殺してあげるよ」
どうやって殺されるのだろう。
ナイフでも隠し持っていて、それで刺されるというのが一番ありえるか。
殺すなら、さっさと殺してほしい。
というか影沼に殺されるのは、少し理不尽な気がする。
三谷さんに殺されるなら、まだ分かる。
悪魔が手を下したとは言っても、俺のせいで目をつけられたようなものだ。
最愛の娘があんな姿で死んだら、俺が同じ立場だったら相手を殺したくなる。
三谷さんの苦しみを考えれば、彼にこそ殺されるべきなのではないかと考えてしまった。
「誰だっ!?」
「何だお前は!?」
覚悟を決めていたら、影沼と三谷が驚く声が聞こえてきた。
誰かが来たらしい。それは誰だ?
ここの連れてこられてから、そこまで時間は経っていないと思っていたけど、もしかしたら俺が考えている以上の時間を過ごしていたのか。
そうだとしたら困る。
こんなところに来る人なんて、一人しかいない。
「……涼介……?」
来て欲しくなかった。
でも来てくれたことに、同時に喜びも感じていた。
「……え」
だからその姿を見て、安心しようと思った。
目を開けた先にいたのが悪魔の姿じゃないとは、全く考えてもいなかった。
そこにいたのは、影沼や三谷さんのよりもずっと背の高い細身の男だった。
目は鋭く、口は三日月のように耳まで裂けているのではないかというぐらいつり上がっていた。
「……誰?」
「おい、こいつが悪魔じゃないのか?」
「違う。こんな奴、俺は知らない」
再び知らない人の登場に、俺は完全にパニックになった。
助けを期待してしまった分、その落差が凄まじい。
敵か味方かも分からず、ただただ恐怖しかない。
「誰だ。こんなところで何をしている」
スーツを着ているせいで、この場に偶然通り掛かったとしても違和感しかなく、その不気味さを増していた。
影沼も警戒しているということは、誰も知らないというわけだ。
それじゃあ、この男は何を目的としてここにいるのか。
得体の知れない恐怖が増す。
「私がどこの誰かなど、必要な情報だとは思えませんね」
全員が警戒心を強める中、一人だけひょうひょうとした様子で男は発言した。
完全に場違いと言った感じで、男性にしては甲高い声が耳障りだった。
「それよりも犯罪が行われているということの方が、私は大問題だと思いますよ」
「あんたには関係無いだろ!」
後ろめたさしかない影沼が叫ぶが、男はそれを軽く受け流す。
「それがですね。関係があるんですよ。あなたにとっては残念なことにね」
口元に手を当ててクスクスと笑いながら、影沼に近づいていった。
「な、なんだよ」
「ふむふむなるほど。騙されているかと思っていましたが、これは思わぬ収穫ですね。実に運がいい。良すぎて怖くなるぐらいです」
全身を上から下まで舐めるように見ていて、自分が見られたわけじゃないのに背筋が寒くなった。
向けられた影沼からしたら、気味の悪さは相当なものだったのだろう。体を震わせて、腰を抜かしていた。
「おや、いい顔をしますねえ。私、ゾクゾクしちゃいます。これ以上喜ばせて、どうするつもりなんですか。あまりやりすぎるなと釘を刺されているんですから。……まあ、どこまでとは言われていませんけどねえ。ふふふ」
何かは分からないけど、影沼にとって良くないものだということは感じとれる。
どうしたのだろうと思いつつ、俺よりもピンチを迎えている影沼と、未だに得体の知れない男を見た。
三谷さんはどうしているのだろうと、そちらを見れば何故か気を失って地面に伏せている。
ずっと見ていたはずなのに、全く気が付かなかった。
もしかして男が妙な力で、三谷さんに何かをしたのだろうか。
この状況で俺が起きていることが、仕組まれているようで居心地が悪い。
一体、男の正体はどこの誰で、何を目的としているのか。
それが分からない今、下手に動くことが出来なかった。
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