第26話 悪魔祓いの恨み
ここは、どこだろう。
薄暗い部屋の中に、俺は手足を拘束されて地面に転がっていた。
暴行された形跡は無さそうだ。
でも、意識を失う前に衝撃のあった背中の部分が、ひりついた痛みを訴えている。
初めてだから確かなことは言えないけど、スタンガンを使われたのだろうか。
こんなにも痛いものだとは思わなかった。
心臓が止まってもおかしくなかったぐらいの衝撃だった。
犯人は、絶対に影沼だろう。
むしろそうじゃない方が驚きだ。
そんなものを使ってまで、影沼は何をしたいのだろう。
もしかして俺を人質にとって悪魔を呼び寄せようとか、そんなことは考えていないと信じたい。
廃ビルらしき部屋はホコリや割れたガラス食べ物や飲み物のゴミ、よく分からないが不快な臭いでも満ち溢れている。
どこかと聞かれても、何か住所や固有名称が書かれているものは落ちていないし、窓から見える景色は高いところにあるせいか、空か電線ぐらいしか視界に入らない。
スマホはポケットの中に入っている感覚があるが、手が拘束されていたら使えるわけが無い。
拘束しているのはロープじゃなく、細いプラスチックのような素材で、上下左右に動かしてみても、取れるどころか緩む気配も無い。
廃ビルだから大きな声を出したところで、それが届く確率はかなり低い。試したとしても体力を消費するだけだ。
ピンチ。それもかなりの。
生命の危機ほど深刻ではないが、このまま放置されていたら危険だ。
ちょうど影沼は部屋にはいないから、冷静にゆっくりと状況を分析出来ているが、それもいつまでもつか。
俺が帰ってこないことに気づいた悪魔が探しに来てしまう。
それが今のところの、大きな問題だった。
悪魔が来たら、それこそ影沼の思うつぼである。
簡単に祓われるほど弱くないだろうけど、俺がこんなに状態で隙をつかれたら、もしかしてということだってありえる。
どうか気づかれる前に、俺だけでなんとか解決したい。
起きたことに早く気づいてもらって、説得を試みなくては。
近くにいることを願って、俺は体を動かした。
後ろ手に拘束されていて見ることは出来ないが、指がツルツルとしたものに触れる。
材質から考えて、おそらく缶だろう。
これは使える。
俺は縁らしきところを指を使って挟み、体を転がす力を利用して、遠くに放り投げた。
缶と地面がぶつかり、そして跳ねて、静かな部屋に音が響く。
近い場所にいれば、絶対に気がつくはずだ。
影沼が来るのを待っていると、足音が聞こえてきた。
良かった。どうやら外には出かけていなかったみたいだ。
こちらに来るのは影沼。
そう確信していたから、中に入ってきた人物を見て驚いた。
「やっと目を覚ましたのか」
誰だ、こいつ。
五、六十代ぐらいの中肉中背の男性。
頬はこけ、目は落ちくぼみ、ほとんど髪の毛が残っていないから、一瞬ミイラに見えた。
俺の知り合いに、こんな人はいない。
赤の他人の出現に、完全にパニックになってしまう。
「あなたは誰ですか? 影沼は?」
男性の姿からは生気が感じられなかったが、その瞳だけがギラつき、俺のことを今にも食い殺そうとしているかのようだった。
先程の言葉は撤回するしかない。
これは、生命の危機を感じる。
「誰って……そうか。俺のことが分からないよな」
ボソボソと低い声で、独り言のように話しながら、男性は俺の元に近づいてくる。
どこからか凶器を出してきそうで、俺は体をひねって逃げようとする。
「すみませんが、あなたのことを知りません。もしかして人違いとかしていませんか? あなたは影沼の協力者なんですか?」
この人は、違う意味で話が通じなさそうだ。
出来れば人違いであって欲しかったが、それはありえないことぐらい分かっている。
「君は俺のことを知らないかもしれないけど、こっちは君のことをよーく知っているよ。東条翔平君」
「……なんで俺の名前」
フルネームで名前を呼ばれれば、さすがに勘違いの線は消える。
影沼とどういう関係か、どうして俺を知っているのか。
全く分からないが、ピンチであるのに変わりはない。
「あなたは誰ですか? 俺のことを、なんで知っているんですか?」
とにかく情報が足りない。
俺との関係性を知るために、男性の情報を得ようと尋ねる。
「どうせ俺の名前を聞いたところで、君は分からないよ。何で知っているかって? 片時も忘れたことなんてない」
分かったのは、男性が俺のことを心底憎んでいるということだけだ。
俺が彼に対して、そこまでの何かをしてしまったのか。全く身に覚えが無い。
「どうしてこんなことを……理由を教えてくれませんか」
原因が分からなければ、対処のしようがない。
なるべく刺激しないように、聞き出そうとすれば男性が狂ったように笑い出す。
その笑い声には悲痛さも混じっていて、聞いているだけで胸が痛くなった。
「理由か。そんなの大事なものを奪われたら、憎むのも当然だろ」
「大事なものを奪った?」
俺が、この人から何を奪ったというのだろう。
心当たりが全くなく戸惑っていれば、急に男性は真顔になった。
「俺の娘……桜はお前に殺されたんだ……」
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