第25話 悪魔の興味




 影沼が転校してきたのを、悪魔は知らない。

 言った方が良いか考えて、止めておいた。

 別に言う必要もなく、言ったところで向こうがどんな反応を返してくるのかも読めない。

 それなら、最初から火種すらも起こさない方が正解だ。


 だから、影沼の存在を知らないはずなのだけど。




「最近、学校の方はどうだ?」


「どうだって……普通だけど」


「何か面白いことはないのか?」


「面白いこと? どうして?」


「いつもと様子が違うから、何かあったかと思ってな」



 まさかバレたのか。

 やましいことをしているわけじゃないのに、何故か浮気がバレた人間かのような気まずさを感じる。

 変な風に見えないように気をつけながら、俺は悪魔から視線をそらさず答えた。



「言っただろ。特に何も無いって」


「ふーん」



 別に確信があって聞いていたわけじゃなかったらしく、素直に引いてくれたので安心した。

 影沼の存在がバレても問題は無いはずなのに、どうして隠したいと思ったのだろうか。


 もし影沼の存在がバレた時、悪魔の興味がそっちに行くのを恐れているのかもしれない。

 影沼は面白い。からかいがいがある。

 未だになびかない俺よりも、面白い方が誰だって好きになる。


 そうなって悪魔が離れていくのが怖い。と思っているのか。自分でもよく分からない。

 思っている以上に、執着してしまっている。

 好き、ではないと思いたい。

 早く離れなきゃと思っていたのに、影沼に悪魔を合わせたくないのも、本当に力があった時に困るからか。

 いなくなって欲しくないと、そう思ってしまっているのだとしたら、俺はもう手遅れだ。



「どうした翔平。やっぱり、悩み事があるのか」



 突然黙った俺を心配したのか、悪魔が顔を覗き込んでくる。



「それなら一度、学校についていって」「駄目だ!」



 言葉を遮るように、思っていた以上の声が出た。

 悪魔も驚いていたが、それ以上に俺の方が驚いていた。

 学校に来なかったのは、向こうのただの気まぐれだ。俺がどうこう言える立場ではない。

 むしろ俺が嫌がれば嫌がるほど、悪魔は学校に興味を持ちそうだ。だから軽く流すべきだった。

 でも、叫ばずにはいられなかった。



「どうした?」


「……何でもない。とにかく学校に来ることだけは絶対に駄目だ」



 その優しい顔が駄目だ。

 俺は腕を広げて抱きしめると、すぐに背中に手が回される。



「そうか。翔平がそう言うのなら、行くのは止めよう」



 絶対に気になっているはずなのに、無理には聞いてこない。

 そんな気遣いをされて恥ずかしさもあったけど、俺が駄目だと言ったことに従ってくれた喜びの方が勝っていた。


 これで悪魔と影沼が会うことはなくなった。

 それが嬉しい時点で、俺は結構手遅れなところまで来ているのだろう。




 ◇◇◇




「どうだ、東条。悪魔を祓わせる気になったか?」


「……影沼」



 昼休み、誰にも会いたくなくて秘密の場所である屋上に来たのに、すぐに影沼が扉から入ってきた。

 涼介との秘密の場所。

 そこに入ってきた影沼という異物に、俺は顔を盛大にしかめてしまった。



「何度も言ってるだろ。俺は悪魔になんか取り憑かれていない。勘違いだ。だから祓う必要も無い」



 いつもだったら、もう少し上手く対処するが虫の居所が悪かった。

 素っ気なく言い放ち、背中を向けて拒絶を示す。


 そのまま帰ってくれれば良かったのに、こちらに近づいてくる気配を感じた。

 せっかく気を遣って、優しく遠ざけようとしたのを無視して来るということは、何をされても文句は言えない。

 油断しているところを狙って、足払いでもしてやろうか。

 耳を澄ませながら微かな足音を拾いとっていれば、クスリと笑われた。



「そんな威嚇しなくてもいいだろう。まるで手負いの獣だ。そんなに俺が怖いか?」



 怖くない、と言えば嘘になる。

 でも認めたくないから黙秘していれば、また笑われた。



「何でかな。俺には分からない。どうして俺に助けを求めないのか。普通悪魔に取り憑かれたら、すぐにでも対処したくなるはずだろ。憑かれてから随分と時間が経っているみたいだし、絶対に周囲に影響があるはずだ」



 匂いだけで、どれだけのことが分かるのだろう。

 そんなに俺には、悪魔の匂いが染み付いているのか。

 昨日抱きしめた体の大きさを思い出し、思わず顔が熱くなった。

 あんなに接触していたら、嫌でも悪魔の痕跡が俺に移る。

 それを影沼にバレているのが、恥ずかしくてたまらなかった。



「たくさんの人が死んだ。それは悪魔のせいでもあるし、それを対処しなかった東条のせいでもある。ちゃんと自覚した方がいい」



 いつものような軽口かと思ったが、話している影沼の様子が違う。

 その声の中に冷たさを感じて、俺は今更危機感を覚えて、影沼の方を見ようとした。



「ぐっ!?」



 でもその前に、体に走った衝撃に呻き声を上げながら、地面に倒れる。

 何かが触れたところが熱い。

 意識がどんどん遠のき、俺は最後の力を振り絞りながら、影沼に手を伸ばした。



「悪魔は何があっても祓わなきゃいけない。絶対にだ」



 その表情は見えなかったが、強い怒りが伝わってくる。

 俺が気がついていなかっただけで、影沼は内心に怒りを秘めていたようだった。






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