第23話 奇妙な転校生
「ここが美術室」
「知ってる」
「その隣が美術準備室」
「知ってる」
俺はどうすればいいんだ。
先程から案内する場所、案内する場所、知っているという答えが返ってくる。
知っているのなら、俺が案内する必要はなかったんじゃないか。
影沼も影沼である。
全ての場所が分かっているなら、素直についてくる必要は無い。
知っているから大丈夫だと言ってくれれば、すぐにでも解散するのに、どうしてそこは何も言わないのか。
案内する意味が分からず、俺はすぐにでも帰りたかった。
でも良いと言われるまでは、最後まで案内しなければならない。
特別棟まで来たから、残りはもう少しだ。
あと何個か案内すれば、この時間から解放される。
「それであそこが……」
「なあ、聞いてもいいか」
「ん?」
さっさと残りの案内をしようと歩こうとしたところで、影沼に話しかけられ立ち止まる。
早く終わらせたかったけど、用事があるのなら聞くべきだ。
顔を見て話を聞く体勢に入れば、何故か影沼が近づいてくる。
「え、ちょっ。なに?」
先生に釘を刺されたのか、俺と影沼についてくる女子生徒はいなかった。
つまりはここには、俺達しかいない。
もしかして殴られるのだろうか。
関わってこなかったはずなのだが、怒らせるようなことを無自覚にしてしまったのか。
そうだとしても、殴られる筋合いはない。
昔流行った壁ドンをされて、思った以上の近さに鳥肌が立つ。
「どけよ。男に口説かれる趣味はない」
ゾワゾワとした気持ち悪さに、俺は睨みつけながらどくように言った。
うつむいている影沼の表情は見えない。だからこそ恐怖が湧いてくる。
「おい、聞いているのか?」
頼まれたからって、素直に聞くんじゃなかった。
今更ながらに後悔していれば、影沼に動きがあった。
「っ」
俺の首元にすり寄り、そして匂いを嗅ぐ。
息が肌にかかって、気持ち悪さが増した。
「止めろっ。マジでシャレにならない」
違う意味で襲われるのだってごめんだ。
この場には俺達しかいなくても、全く誰もいないわけはない。
状況を説明するのは面倒くさそうだが、何かが起こるよりはマシだ。
大きな声で助けを求めようとした時、影沼がボソリと呟いた。
「悪魔の臭いがする」
「はっ?」
急になんだんだ。とも思ったし、悪魔という単語に驚いた。
普通だったら頭でもおかしいんじゃないかという言葉だが、俺限定では違っていた。
「かなり執着されているな。しかもかなりの力がある。でも取り込まれているわけではない。まだ抗っている段階ってところか」
首元にすり寄ったまま、独りで勝手に喋っているが、それは分析をしているようだった。
何が困るって、言っている内容全てに心当たりがあることだ。
「悪魔って、何言ってるんだお前……頭おかしいんじゃないのか……」
それでも相手の素性が分からない中で、合っていると認めるわけにはいかなかった。
俺の言葉にようやく首元から離れて、こちらに目が向けられる。
全てを見透かされているかのような視線に、居心地の悪さを感じて顔をそらした。
こんな反応をしたら何かを隠していると言っているようなものだが、相手がそれぐらい嫌だった。
得体の知れないものを感じて、この状態から早く逃れたかった。
悪魔と対峙する時よりも、影沼の方が気味が悪い。
おかしなことだが、本気でそう思った。
「東条と言ったな。あんた悪魔に取り憑かれているだろ」
俺の言葉をちゃんと聞いてないし、断定してくる。
我の強いタイプだ。面倒くさい。
これで俺に悪魔が取り憑いていなかったら、完全に不審者だ。
でももしも本当に俺に悪魔が取り憑いているのが感じられるのであれば、影沼の力は本物ということになる。
それはそれで面倒なことになりそうだと、今すぐにでも逃げ出したかった。
「なあ、聞いているのか」
「あ、え、何だっけ?」
意識が遠のいていたせいで、話をちゃんと聞いていなかった。
何かを話していたみたいだが、耳に入ってきていなくて、俺は聞き返す。
「その悪魔、俺が祓ってやろうかって言ってるんだ」
「祓う? そんなことが出来るのか?」
自分一人で何とかしようと思っていたけど、祓えるのなら祓ってもらいたい。
もしかして本職の人なのか。
それなら見る目が変わってくる。
少し期待して影沼を見ると、壁についていたが離れ腕組みをした。
「当たり前だ。俺は日本一の悪魔祓いだからな」
「それは、なにか所属しているとか、そういう感じ?」
「いや、俺は一人でも優秀だからな。そういうのは面倒だから、一人で全国各地を回っている」
本当に大丈夫なんだろうか。
なんかただの趣味でやっているように聞こえて、期待していた気持ちがすぐにしぼんだ。
更に影沼が自信満々だからこそ、余計に駄目そうな雰囲気を感じた。
クールな性格かと思っていたが、どうやら隠していただけで、とてつもない自信家らしい。
「い、いや。俺は悪魔になんか取り憑かれてないから大丈夫。うん、本当に」
「おい。何嘘ついてんだ。俺が祓ってやるって言っているんだ。素直に受け入れろよ!」
当たり障りなく断ろうとしたのに、素直に聞き入れてくれない。
これは面倒な人間に絡まれてしまったと、頭を抱えながら、逃げる手段を探した。
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