第21話 不思議な転校生
悪魔祓い失敗は、俺にとって大きな痛手だった。
モチベーションは下がったし、大事なお金を失ったし、悪いこと尽くしである。
しかもムカつくことに、あれから悪魔がそれについてからかうようになったのだ。
「今回はやらないのか? 俺はいつでもいいぞ」
「うるさい」
どうやら、ただの水道水を聖水だと信じたことが、あまりにもおかしかったらしい。
反論をさせてもらえるならば、効いたふりさえされなければ信じてなかったと言いたい。俺のせいじゃなく悪魔のせいだ。
でも言ったところで、可哀想なものを見る目を向けられるだけだから言わなかった。
からかいには黙っていた方が興味は薄れると、俺はここ数日で学習していた。
祓おうとしていたことを怒っていないのかと不思議に思い、聞いてみればとろけるような恍惚とした表情をされた。
「あんなに熱烈な気持ちをぶつけられたんだ。怒るよりも嬉しさの方が勝っている」
ドMだ。
口にはしなかったが、俺は背筋が寒くなった。
被虐趣味には、何をしてもご褒美になる。
これからは確実性が無ければ、絶対に攻撃はしない。
もうこんな気持ちになるのは懲り懲りなので、そう固く心に誓った。
◇◇◇
転校生が来る。
その情報は退屈に満ち溢れていた学校内に、明るい報せとして駆け巡った。
おまじないがあんなに流行っていたのに、いつの間にか廃れていて、今はもう誰もやっていなかった。
だから次のブームを探していたところだったので、みんなすっかり転校生のことで頭がいっぱいになっていた。
男か女か。
たったそれだけのテーマでも昼休みが潰れるぐらいの論争が巻き起こり、ああでもないこうでもないと自分達の意見を述べる。
そして誰かが男だという情報を得てからは、男子のテンションは下がり、女子はにわかに色めきだった。
転校生がイケメンとは限らないのに、その響きだけで、格好良いと決めつけている。
どんどん上がっていくハードルに、まだ見ぬ転校生に対する同情の気持ちが湧いた。
その転校生が来るのが、今日である。
学校内は朝から落ち着きがなく、登校する生徒はキョロキョロと誰かを探すようなしぐさをしていた。
教師も転校生が原因だと分かっているから、そこまで強く注意はしなかった。
なんともまあ誰かが作っているのかというぐらいの偶然で、その噂の転校生は俺のいるクラスに来るらしい。
たぶんというか絶対に関わることは無いから、俺にはどうでもいいことだった。
イケメンでもそうじゃなくても、俺には関係ない。
そういうスタンスで、俺はテンションの上がるクラスメイトの中で一人冷めていた。
「おい。静かにしろー」
始業のチャイムが鳴り、担任の教師が入ってくる。
その後ろから一人がついてきて、ざわめきは大きくなった。
何気なしにその人物の顔を見た俺は、一瞬涼介が入ってきたのかと錯覚する。
それはすぐに違うと分かったけど、雰囲気がそっくりだと思った。しかも同じぐらい顔立ちは整っている。
女子のテンションが上がり、頬を染めてチラチラと顔を見ていた。
「なんかみんな知っているみたいだけど、今日からクラスメイトになる生徒がいる」
先生も転校生に慣れていないのか、普通だったら後から呼ぶところを、一緒に来てしまっている。
それに今更気がついたらしく、居心地悪そうな顔をする。
「えーっと。自己紹介っていうのは、本人が黒板に名前を書くんだっけ? それじゃあ、よろしくな」
それをごまかすように、転校生にチョークを渡して自己紹介をさせる。
チョークを渡され困るかと思ったが、転校生は冷静に黒板を向き名前を書いていく。
「
「…………それだけか? まあ、仲良くしてやってくれ。影沼の席は……」
先生は教室を見回して、そして一瞬顔を歪めて俺のいる方向を指さす。
「あそこの空いているところに座ってくれ」
俺の席の隣りは、少し前から空いている。
そこが誰の席だったのか。転校生以外はみんな知っていた。
だから浮き足立っていた雰囲気が一気に重くなり、あんなにうるさかった教室内が静まり返った。
そんな微妙な意識を転校生は気にすることなく、無表情に俺の元に、正確には隣の席に歩いてくる。
さすがに隣の席だから、挨拶ぐらいはするべきか。
それ以外は他の誰かが面倒を見てくれるだろう。
「東条だ。よろしくな」
席に座った影沼に、俺は小声で自己紹介をした。
でもこちらをちらりと見たかと思えば、完全に無視される。
あ、そういうタイプか。
昔の涼介のことを思い出してしまい、若干の寂しさを感じた。
これは仲良くなれそうにないな。
関わる度に涼介の影がチラついて、そして悪魔のことを考える。
学校は悪魔が関わってこない安息の地だったのに。これからは違う。
自然とため息が出てしまい、それが大きく響いた気がして口を押さえた。
周りを見ればクラスメイト達の視線を感じ、そっと窓の外を見る。
ひしひしと感じる視線の中に、ひときわ強いものがあった。
でもそちらを見る気にはなれず、頑なに外だけを眺めた。
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