第20話 悪魔祓い実行?





 一週間後、片手でも持てるサイズのダンボール箱で荷物が届いた。


 こんなに小さいのかと思いながら、中身を開けてガッカリする。

 中に入っていたのは、手のひらにも満たない大きさの瓶だった。

 透明な液体が入っていて、白いラベルには印刷された黒い文字で聖水と書かれている。


 こういってはあれかもしれないけど、ものすごく安っぽい。

 ただの水を入れられていても分からないし、騙された可能性が高すぎる。


 こんなのに一万円も出すぐらいだったら、もっと他に有効な使い道があったはずだ。

 だから商品の概要欄に、画像を載せていなかったのか。

 今更気づいたところで、もう遅い。


 箱の中から瓶を取り出すと、軽く振ってみる。

 粘度の無い液体は、やっぱり水のようだった。

 これが一万円。

 金額が俺の背中に重くのしかかり、ガクリと肩を下げた。


 返品不可なので、とりあえず試してみるか。

 悪魔がいて、効果がすぐに試せるというのは恵まれているが、憑かれている時点でそうでも無かった。

 前提からおかしかったと思い直し、俺は瓶の蓋を開けた。

 匂いを嗅いでも、特にこれといった香りはしない。

 一瞬舐めてみようかとも思ったが、体に害があったら怖いので、さすがに止めた。



 次にテーブルの上に、一滴垂らしてみた。

 机がジュっと音を立てて焦げる、みたいなことは起きず、ただ単に雫が落ちただけだった。


 水だ、これは水。

 一万円は紙くずになった。


 俺はテーブルに肘をつきうなだれる。

 完全に信じていたわけではないが、一万円も出したのだから、ちゃんとした効果があると思った。


 子供だましとも言えるような商品に、俺は今すぐ流しにぶちまけてしまいたい衝動に襲われた。

 それでも何とかやらずに耐えたのは、悪魔がタイミングよく目の前に現れたおかげだ。



「そんなに落ち込んで、どうしたんだ」



 俺を驚かせるためかは知らないが、目の前にあるテーブルの天板をつき抜けて現れたので、そんなことをするのかと冷たい視線を向ける。


 でも、ちょうどいい。



「ちょっと疲れてただけだ。それよりも、今日は何しに来たんだ?」



 俺は気づかれないように話しながら、そっと瓶をテーブルの上からどかした。

 そして悪魔の顔のすぐ脇に、先程垂らした雫が残っているのを確認する。



「前も言ったが、用は無いから来ないなんていう決まりは無いだろ。俺の好きな時に、翔平の前に現れる。早く慣れてくれ」


「悪魔が来ることなんて、一生慣れない」


「俺は気長に待つだけだ」



 いつものように軽口を叩き合いながら、俺はさりげなく指に雫をつけた。

 そして手を伸ばす。



「何だ?」



 頬に指が触れ、悪魔は首を傾げた。

 その様子に、詐欺の言葉が確定しそうになった時、状況が変わった。



「っ!」



 小さくうめいたかと思えば、手が振り払われ、俺は手に走った痛みに驚く。



「どうした?」



 突然の行動に理由を聞こうとしたが、聞く前に理解した。

 指で触れた箇所が、赤くただれている。

 火傷をしたのではないかというぐらいの痛々しい傷に、思わず顔が喜んでしまいそうになり、慌てて引き締める。



「大丈夫か?」



 瓶の位置を確認しつつ、何も知らない風を装って傷の心配をする。

 雫をつけていない指でそっと頬に触れれば、今度は振り払われなかった。



「分からない。急に痛みが」



 俺のせいでこうなったのに、全く疑っていない。

 その甘さのおかげで、俺は助かった。

 テーブルの下で瓶を握り、タイミングを窺う。


 これは一発勝負だ。

 一度失敗してしまえば、チャンスはもう二度と訪れない。


 完全に油断した時に仕留める。

 表面上は傷の心配をしながら、俺はその時を待った。



「全く。一体、何なんだ」



 今だ。

 顔をしかめた悪魔が目を閉じた。


 俺は蓋を開けた瓶を振り上げ、顔にかかるようにぶちまける。



「翔平!?  ぐぅっ!?  ぎぃあっ!!」



 目を開けた顔が、すぐに苦悶の色に染まった。

 手で液体をかけられたところを覆い、身悶え、その体からは白い煙が立ち上る。


 やった。

 まさか本物だったとは。

 これで悪魔の存在に怯えずに暮らせる。

 勝利に顔を緩まると、声をかける。



「俺はお前に気を許すことは無いって言っただろ」


「じょ゙ゔべい゙!!」



 ドロドロに溶けていく体。

 手と思われる部分が、こっちに伸びてきて俺に触れてこようとする。

 その手が触れる前に、瓶の中にわずかに残っていた液体を、さらにかけた。



「……悪い。涼介」



 明らかに苦痛をともなっている姿に、罪悪感が湧いて謝る。

 願うことならば、消滅した悪魔が涼介として転生の輪の中に入れるように。

 消滅させることしか出来ない俺の、心からの願いだった。


 最後に手ぐらい触れるべきか。

 俺は聖水とやらに触れても平気だったから、たぶん大丈夫だ。

 涼介が苦しんでいるようで、ただ見ているだけなのも辛く仏心を出した。



 未だにこちらに伸ばされていた手。

 俺は震えながらも、そっと近づいた。



「!?」



 あと少しで触れる。

 その時、目にも止まらぬスピードで手が掴まれた。


 もしかして死にかけながらも、俺を巻き添えにしようとしているのか。

 このまま八つ裂きにされる。

 次に襲ってくるだろう痛みを覚悟し、目をつむった。


 でも一向に痛みは襲いかかってこず、あんなにうるさかった叫び声も、焼けるような音も、臭いすらもしなくなった。


 一体、何が起きている?


 ビシビシと感じる嫌な空気。

 目を開けて絶望する。


 目の前には、あんなに溶けかかって苦しんでいた姿が幻だったかのように、平然としている悪魔の姿があった。



「ばあ」



 俺はそれを見て、すぐに騙されていたことに気づく。



「全く効いてなかったわけか」


「それ、ただの水だな。しかも水道水」


「俺がこれを開けて確認していたところも見ていたわけだ。というかネットで頼もうとしていたのも、どこかで見ていたのか?」


「どうだろうな」



 分かりやすい正解に、全身から力が抜けた。



「俺を騙したのか」


「おいおい。被害者みたいな言い方をしているが、こっちは物が本物だったら死ぬところだったんだ。お互い様ってやつじゃないか」


「どこが」



 手のひらの上で無様な姿を見せていたのは俺だけだ。

 無駄遣いをし、騙されていることにも気づかずにぬか喜びをし、結局何も得られなかった。

 ネットを見ている時点で姿を現してくれれば、一万円は手元に残っていた。


 確かに向こうからすれば理不尽な怒りに、全てがどうでもよくなる。



「もういい。お前なんか知らない」



 これは、しばらく落ち込みそうだ。

 脱力し手で追い払うジェスチャーをすれば、掴まれていた方の手を引かれ、甲に唇が落とされる。



「あんなのを使わなくても、翔平なら俺を殺せる」


「どうやって?」


「それは愛の力ってものだな」



 真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった。




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