第19話 悪魔祓い




 人の死に慣れすぎた。

 改めてそう思ったのは、テレビのニュースを見ていた時である。


 そのニュースでは俺と同い年の学生が、いじめで自殺したという内容だった。

 いつもだったら、こういうニュースを見て心が痛んだりするのに、その時は違った。



 ああ、またか。



 俺はそう考えてしまった。

 確かに人が自殺するのは、何も珍しいことじゃない。

 いじめで自殺したというニュースも初めてじゃない。


 それでも一人の命が亡くなって、ああまたかという感想が出るのはおかしい。

 自分の考えに驚き、愕然とした。


 俺はいつの間に、こんな風に考えるようになったのか。

 最近、簡単に人が死ぬことを何度も目の当たりにした。

 そのせいで、脳のどこかの部分が麻痺しているのだ。


 どう考えても良くない思考回路に、俺は自分を変えなくてはいけないことを悟った。

 昔のようにまでとはいかなくても、死をまたかと思うほどの冷たさを消し去りたい。



 それには、悪魔の存在を遠ざける必要がある。

 俺を堕としたいとか、そういうことは言わなくなったけど、でも諦めているわけでは無いだろう。

 むしろ機会を窺っていて、俺が隙を見せたら頭からバリバリと食われてしまいそうだ。


 隙を見せられない生活。

 どんどんおかしくなっていく頭。

 もう嫌だ。



 決めた。

 絶対に決別する。


 そうすれば、ゆっくりとでも普通の人間になれるかもしれない。



 あまりにも俺は気を許しすぎていた。

 何度もそれじゃ駄目だとなっているのに、学習していない。


 あれは、俺の知っている涼介じゃない。

 俺の親友だった涼介は、もう死んだ。

 その現実を受け入れる必要がある。



 思い立ったら、即行動。

 俺は悪魔が突然現れないことを願いながら、インターネットで検索していく。


 求めているのは一つ。

 悪魔を遠ざけるのに必要なもの、それだけでいい。

 眉唾もののサイトの中で、俺は信用出来そうなサイトを探していく。


 たくさんあるサイト、その内で信ぴょう性のあるものをようやく見つけた時には、目が疲れてしまった。

 少し休憩し、そして俺はすぐにそのサイトにあった物を購入する。

 学生の身分には高かったけど、それでも効果があるのならば痛くない。


 届くのは一週間後であるのを確認し、俺はパソコン内に残る履歴を消した。

 そこまで用心したのは、悪魔にバレないためだ。

 もしバレてしまえば、対抗策を出されてしまう。


 俺が出来る範囲まで全て消去し終わり、パソコンをシャットダウンする。

 三十分ほどのことであったのに、とてつもなく疲れた。

 目頭を押さえ、背もたれに深く寄りかかった。



「あ゙ー。疲れた」



「何をそんなに疲れているんだ?」



「……急に現れるなよ。プライバシーの侵害だ」



「悪魔にプライバシーも何も無いだろう」



「それもそうだが……」



 まるで俺が終わったのを確認して現れたみたいで、心臓が嫌な感じで鼓動する。

 まさかバレていないよな。

 俺はギギギと油の切れたロボットのようにぎこちない動きで、悪魔の方を見た。

 視線が合った悪魔は、俺の頭に手を伸ばした。


 頭を撫でられる。

 そう分かっていたのに、反射的に体をそらしてしまった。



「おい」



 手が空をかすめ、悪魔はムッとした表情になる。

 避けられたのがムカついたらしい。

 さらに手が伸びてきて、頬を掴まれた。



「俺から逃げるな」



 ただ一言だけだったのに、背筋が寒くなった。

 ビリビリと怒りを感じ、頬に指がくい込んだ。

 爪が突き刺さり、あと少しでも力が入れられれば皮膚を簡単に破ってしまうだろう。



「俺から逃げようとしたら許さないからな」



 まるで、これからやろうとしていることを牽制されている。

 やっぱりどこかで見られていたのではないかと思ったが、俺は何も言わなかった。

 ただじっと見つめていれば、向こうがため息を吐いて手を外した。



「なんか言ってくれ。人形でも相手にしているみたいで気持ち悪い」


「人のことを気持ち悪いって失礼だな」


「俺の手を避ける翔平が悪い。俺が手を伸ばしたら、翔平から近寄るものだろ」


「なんだその謎ルール。俺がそう簡単に擦り寄ると思うなよ」


「それはどうかな」



 いつものようなやり取りをしながら、俺はそっとうつむいた。

 人との関わりを増やしたからといって、親友と呼べる人間は涼介以外に出来そうになかった。


 悪魔を遠ざけた時、俺が気を許せる人は誰もいなくなる。

 その孤独の耐えられるのかと聞かれれば、答えに困ってしまう。

 それでも一緒にいる気は無いのだから、早く離れるべきだ。



「翔平」


「っ。何だ?」



 意識がそれていたようで、いつの間にか抱きしめられていた。あまりにも自然だったのか、俺が慣れてしまっていたのか、全く気づかなかった。



「好きだ」


「……俺は嫌いだ」


「そうか」



 嫌いだと口にしながらも、俺は抱きしめられたまま動かずにいた。

 これで最後だと自分に言い聞かせて、腕の中の温もりを探す。

 でも体温が俺よりも低くて、俺達の間にある決定的な差を見せつけられたようで、唇を噛みしめた。


 小さく鋭い痛みが走り唇が切れたが、俺は構わずにそのまま噛み続けた。




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