第18話 そして起こること
画面の中の男は、未だに眠っていた。
身じろぎもせず、ムニャムニャと何かを言っている。
動きがあったのは、男ではない。
ぬいぐるみが浸されている洗面台の方だ。
俺は倍速ではなく、普通のスピードに戻す。
最初は水面に広がる波紋だった。
決して画質が良いとは言えない画面だったので、気のせいかもしれないと思った。それか蛇口が少し緩んでいて、水が滴り落ちているんじゃないかと。
でも段々とその動きが大きくなり、奇妙な音まで出し始めた。
ゴゴッともズズッとも聞こえるような、それは断続的に鳴る。
かなりの音なのに、男は全く反応していない。
眠りが深いのか、男にはこの音が聞こえないのか。
どちらにしてもピンチなのに、気づいていないのだ。
洗面台の水面だけじゃなく、まるで地震でも起きているのかと思うぐらい画面全体が揺れ動く。
音も耳元で鳴っている錯覚を起こしかけるぐらいに、鮮明なものになっていた。
「こ、これは、おまじないのせいなのか?」
現象を説明して欲しくて隣の悪魔に尋ねたが、返事はない。
いなくなったわけじゃなく、ただ単に答えてくれないようだ。
こうしている間にも画面は大きく動いていて、天災でも起こっているぐらいの轟音が鳴り響く。
耳を塞ぎたくなるが、最後までちゃんと見る必要があった。
俺は一秒でも見逃さないように、画面を食いつくように見る。
洗面台からは水が溢れ出し、そしてその水はどす黒く汚れていた。
溢れ出した水はゆっくりと、寝ている男の元へと近づいていく。
それはまるで意識があるようで、男を狙って進んでいるみたいだった。
あれが触れた時、一体何が起こるのだろう。
俺は恐ろしいとは思ったけど、それと同時に早く触れてしまえと期待する気持ちも湧き上がった。
ゆっくりとゆっくりと進んでいく水。
男はまだ寝ている。
きっと目覚めることなく、その水は触れてしまう。
あと数センチ。
『……んっ、ああ、なんかうっせえ、なあ』
本当にあと少しというところで、何かに気がついたのか男が目を覚ました。
目を擦りながら辺りを見回し、そして自分に近づいてくる水に気がつく。
『……んだこれ。って、水! 溢れてるじゃん!』
それが自分に向かっていることよりも、水が黒くなっていることよりも、溢れていることに驚いた。
急いで立ち上がり蛇口を止めようとして、そしてふと立ち止まる。
『……何だ?』
呆然とした声。
画面の中に、何か変わったことは無い。
『ひ、ひぃっ!? 何なんだよこれ!?』
でも男はまるで見えないものに襲われるかといった風に、洗面台の方を見て怯えて後ずさる。
『来るなっ! 止めろっ! 止めてくれっ!』
腕をめちゃめちゃに動かし、戦おうとしているようだが、俺には見えないからただ何も無いところを攻撃しているようにしか見えない。
『俺が悪かったから! 頼む! 許してくれ!』
髪を振り乱し目は血走り、恐怖を感じて歪む顔。
彼が結局どうなったのか、俺は知らない。
動画の先が見られなかったからじゃない、突然真っ黒な画面に切り替わり、すぐに動画が終了してしまったせいだ。
「……どういうこと?」
まさかのオチに俺は固まり、呆然と呟く。
説明を求めるように悪魔を見れば、視線が交わった。
どうやら、ずっと俺のことを見ていたらしい。全く気づかなかった。
「この人はどうなったんだ? 何に怯えていた? 一体何が起こった?」
矢継ぎ早に質問をしていくが、全く答える様子がない。
ただ俺を観察するように、じっと見てくるだけだった。
これでは埒が明かないと、俺はもう一度動画をよく見てみることにした。
今度はスロー再生にしてみれば、先程は気がつかなかったものが見えるかもしれない。
「……あれ?」
もう一度再生するボタンを押した。
でも画面に出てきたのはエラーの文字。
「おかしいな。電波が悪いのか?」
何度もリロードをするが、結果は変わらない。
今まで問題なく見ていたのに、どうして急に。
「動画は削除されたみたいだな」
「削除?」
削除なんて、あまりにも急すぎる。
「なんで削除って……今見ていたのに」
ちょうど削除されたのだとしたら、タイミングが良すぎた。
俺は信じられない気持ちで、動画を再検索する。ヒットしない。
今度は記憶の中に微かに残っていた動画主の名前で検索し、ページに飛んだ。
エラーにはならず開いたページは、パソコンが壊れたのかと思ってしまうぐらい真っ黒だった。
そして動画主の名前が、その中で浮き上がるように赤く染まっていて、見た俺は何となく察した。
彼は白くなるのに失敗し、黒くなったままになった。
だから存在が真っ黒になってしまったわけだ。
きっと俺達には見えなくなり、今もどこかで白くなろうとさまよっている。
手順をちゃんと踏んで失敗したからこそ、彼は飲み込まれた。
これから先、そういう人はどんどん増えていくだろう。
「翔平」
こちらが質問をした時は無視していたくせに、このタイミングで話しかけてきた。
俺は体を震わせると、またじっとこちらを見ていた悪魔と目を合わせる。
「なに?」
なんとなく緊張してしまい、素っ気なく返事をした。
悪魔は何がそんなに面白いのか、くつくつと肩を震わせる。
「このおまじない、やるか?」
これまでの経緯を見て聞いてくるのは、意地が悪すぎる。
この悪魔め、そう思って、すぐに悪魔だったと思い直した。
「……まだ分からない」
「そうか。やる時が楽しみだな」
分かっているくせに、あえてそう言ってくるから、俺は言い返しが無くて腹パンをしておいた。
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