第17話 おまじないの実行者





『よし、これでぬいぐるみの準備はオッケー。後は、零時になるのを待つだけ。あと、三十分かー。ちょっと長いなー』



 真っ黒のぬいぐるみに彼は自分の名前が書かれた紙(名前の部分はモザイクがかかっていた)を切り裂いた腹の中に入れ、黒い糸で縫い直すまで終わらせた。

 そこの部分は飛ばしても良かったのだけど、時間があるのでちゃんと見た。

 隣の悪魔も何も言わずに見ているから、意外に興味を持っているらしい。



『三十分、俺の素晴らしいトークでもいいんだけどねー。それは今度のお楽しみってことで、ここは一つカットしちゃいまーす!』



 それは助かる。

 さすがに三十分も待つのは辛いから、そうしてくれて良かった。


 指パッチンをした途端に画面が切り替わり、急に画面が暗くなった。



『はい、零時まで五分前。雰囲気を出すために部屋は暗くして、洗面所に向かってるよ』



 ヒソヒソ声と共に、画面が不安定に動く。

 顔を映すように撮りながら、移動をしている。



『とうちゃーく。今日のために掃除をしておいたから、綺麗になってまーす。ここでこれから、おまじないをやるよ。えーっと、後三分ぐらいか』



 洗面所は動画を撮るためか、時計以外の余計なものを置いていなかった。

 カメラを用意していたのだろう三脚に固定して、洗面台と鏡どちらも映るいい位置に調整をし始める。



『これでオッケー。残り三十秒。あっぶねー。これって時間に遅れたら、やっぱり無効になる感じなのかな?』



 呟く顔は、緊張しているのか強ばっていた。

 それでも明るく話しながら、時計を凝視している。



『……三、二、一。……よし、水を出して溜めてと』



 勢いよく出る水の音。

 栓をしているので、少しした後に洗面台いっぱいに溜まる。



『それで次は、ぬいぐるみを洗うんだよな。水が綺麗になるまでって、そんなの新しいぬいぐるみなんだからすぐ終わるじゃん』



 恐怖を感じないようにするためか、話が止まらない。

 水の中にぬいぐるみを入れると、軽く振る。



『らくしょーらくしょー。……ん?』



 最初は綺麗だった水。

 でも振っているうちに、ぬいぐるみから染み出すように黒い汚れが広がりだした。



『えー。マジかよ。安いやつだから、色落ちしだしたのか?』



 嫌そうな声を出して、真っ黒に染まった水の中からぬいぐるみを取り出すと、栓を抜き洗面台の水を新しいものにかえた。



『はい、もう一回。……って、またか』



 でもそれも、ぬいぐるみを入れるとまたすぐに黒く汚れていく。

 面倒くさそうに水をかえながら、何回かそれを繰り返していけば、段々と水に透明さが出てくる。



『鏡見ながらやんなきゃいけないけどさ、別に幽霊が映るわけでもないし、一々水を確認しなきゃいけないのもめんどくさ。こんなのやって何が変わるの? 学生の考えることは分からないわー』



 ここまで手間がかかると思わなかったのか、文句がどんどん増えてきた。

 それでも止めないのは、準備した手間を考えているからだろうか。


 ぬいぐるみを洗っても黒くならなくなり、透明になると、脇の棚から漂白剤を取り出す。



『えーっと、確かキャップ一杯分だよな』



 細かくはかりながら、洗面台の中に漂白剤を入れると、一気に体から力が抜けた。



『よし、これで後は明日まで待てば良いんだよな。このために、ちゃんと毛布と枕は用意しておきましたー』



 カメラ目線でドヤ顔をして、枕と毛布を見せてくる。



『これで明日になれば、俺は白くなってるらしい……綺麗になった俺を、みんなお楽しみに!』



 ここで先程までのようにカットが入るかと思いきや、静かになった彼が毛布にくるまる様子をそのまま映している。

 もしかしなくても、このまま朝までカット無しか。


 俺はどうしようか迷って、倍速で流し続けることにした。

 悪魔は何も言わず、ただ愉快げに画面を眺めている。


 倍速になった映像は、ただうずくまって寝ている男性の姿を映し続ける。

 たまに身じろぐ様子やいびきが聞こえてくるけど、それ以外に特にこれといって動きはない。


 これから、何かが起こるのだろうか。

 それとも、何も起こらずに終わるのだろうか。

 動画の説明文の欄には何も書いていなかったから、これがどうなったのか分からない。


 もしも何も起こらないのであれば、おまじないはただの噂だったということになる。

 仮に何かが起こったとしても、それはそれで情報が増えるから、どちらでも俺は構わなかった。



「これ、何かが起こると思うか?」



 未だに画面上には動きがないので、俺は画面を気にしつつも悪魔に尋ねる。

 同じように画面を見ていた悪魔は、俺に視線を合わせて口を歪ませた。



「起こる、って言ったらどうする?」



 楽しんでいる様子に、俺は誤魔化されている気がした。



「何かが起こったとしても、動画だからどうしようもないな」


「冷たいな」


「でも、事実だろ」


「まあ、それもそうか」



 どんなに冷たいと言われようと、意見は変わらない。

 悪魔も納得した様子で頷き、そして画面を指した。



「見てみろ。動きがあったぞ」



 その言葉に、慌てて画面に意識を戻した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る