第15話 流行るまじない





 悪魔が何をしたか分からないが、ストーカーはあれから現れなくなった。

 手紙も来なくなり、拍子抜けしてしまったぐらいだ。


 殺すなと言ったのに、もしかしてと思い確かめてみれば、返事は無くただ笑うだけだった。

 殺人の片棒を担ぎたくはないから、何もしていないことを願う。




 あれから悪魔は、また毎日のように現れるようになった。

 少しの間こちらに来なかった理由を尋ねたが、ごまかされて終わった。

 用事があったからとは言っていたけど、こちらだってピンチだったのだから、思わず八つ当たりしてしまった。


 どうせ、どんなにしつこく聞いても教えてくれなさそうだから、その結果の暴力だった。

 軽くパンチしただけですぐに止めたのは、少しだけ嬉しそうな顔をしたからである。


 大丈夫だとは思うけど、Mになったら責任は取れない。

 Mな悪魔なんて、どんな悪夢なのかこっちが困る。






 人間不信なのは相変わらずだけど、俺はまた学校に行くことに決めた。

 家にこもっていたせいでストーカーが侵入してきた時に何も出来なかった。

 体調も万全じゃなかったから、悪魔に助けを求めて震えているだけだった。


 もう二度と、そんな惨めな状態にはなりたくない。

 今の目標は、健康的な肉体と精神である。

 三食きちんとバランスのとれた食事、規則正しい睡眠、適度な運動。

 言葉にしてみれば簡単なことだが、これがなかなか難しかった。


 上手く生活のサイクルを回せるようになるまで、随分と時間はかかったけど何とか形になってきた。

 健康的な生活が手に入れば、自ずと精神的にも余裕が出来た。


 クラスメイトとも話すようになり、最初は遠巻きにしていた人達と段々と打ち解けていった。

 親友とまではいかないけど、友達といっても過言じゃない気がする。


 悪魔もこれに関しては、何も言ってこない。

 もしかしたらストーカーの一件で、思うところがあったのかもしれない。

 文句も嫉妬もしてこない代わりに、ちょっとした触れ合いが多くなった気がする。


 毎回、俺が部屋にいる時に現れるのだけど、かなりの確率で膝の上にのせてくる。

 そこまで体格は変わらないのに、どうしてわざわざと思うのだけど、向こうは気に入っているらしい。

 膝の上にのっている間は、撫でてくる手が変なところに入ってきたら払い落とす作業をしている。

 それでも満足そうだから、今のところは拒否せずに好きにさせていた。




 悪魔が何かをしてくる気配がなく、少しの月日がたった頃、学校でとあるまじないが流行り始めた。

 高校生にもなっておまじないなんて、と少しだけ馬鹿にした気持ちもあったけど、その内容とやらが結構不思議なものだった。




 自分を白くするおまじない。

 自分の身代わりとしてぬいぐるみを買って、それに自分の名前を書いた紙を入れる。

 そして深夜零時に、ぬいぐるみを丁寧に洗う。最後に漂白剤につけて明日を迎えれば、無事に白くなることが出来る。



 白くなる、というあいまいな表現をされているが、詳しく聞いてみたところによると自分の罪を無くすという意味らしい。


 つまりこのまじないをする人間は、何かしらの罪を持っているわけだ。


 誰がこれを流行らせたのか、いつから始まるようになったのか、それは誰も知らない。

 ただ小さくても大きくても罪の意識にさいなまれている人が、ここおまじないを実践し続けている。



 実際に、これをやって本当に白くなったのか。

 自分の罪がバレたくないから、表立って話す人がいないので、その真偽のほどは明らかになっていない。

 それなのにも関わらず噂が広まっているのは、みんながこれを信じているからだ。


 自分を白くして、罪が無くなる。

 もし本当だったら、この世界はおかしくなってしまう。




 俺は気になって、確かめたかった。

 おまじないをして少しでも罪が軽くなるなら、未だに心に残り続けている罪悪感も綺麗さっぱり無くなってくれるかもしれない。



「……白くなる」



 真っ黒に汚れてしまった俺が、元の白さになるわけが無いと分かってはいても、それでも肩の重荷を減らしたかった。


 こんな俺を、悪魔は逃避していると責めるのだろうか。

 それとも必死な俺を笑うのだろうか。

 どちらにしても、許してくれるわけはないということは確かだった。





 ◇◇◇




「なあ。最近流行っているおまじないについて、何か知っているか?」



 又聞きしただけの情報じゃ正確さに欠ける。

 それなら知っていそうな人に、聞いてみるのが一番である。


 最近話をするようになった中で、そういう噂話が好きなタイプがいた。

 ゴシップ専門の情報通で、校内で起こったことは全て知っている。

 むしろ知られたく無いことまで知っている。そういう人の不幸話が好きな男。


 本来ならば深く付き合うタイプじゃないのに、話をたまにするのは休んでいた間の情報を得るためだ。

 それに向こうも俺の身に起きた事件の話を知りたがっていたので、大丈夫な範囲で教えている。もちろん悪魔の話は抜きだ。

 そういうわけで、ウィン・ウィンの関係だった。



「おっ。それを聞いてくるってことは、試してみるのか?」


「それは聞いてみてから考える」


「教えてもいいけど、どうなったか結果も教えてくれよな」


「はいはい」



 予想通り詳しい情報を知っているみたいで、すぐに食いついてきた。

 どうせ何も起こらないだろうから、結果を教えても別にいいか。

 軽く返事をしながら、こいつを選んで正解だったと自分を褒めた。




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