第14話 悪魔の不在とストーカー





 ストーカーは、相変わらず絶好調だ。

 悪魔が言っていたように手紙の分厚さは辞書レベルになっていて、中身はほとんど意味をなさないものだった。

 読むことを諦めた俺は、箱の中に隠して視界に入れないようにしている。

 見たところで気分が悪くなるだけだから、処分することも考えていた。そのうち燃やすかもしれない。燃やしたら焼き芋にでもしようか。美味しいのが焼ける気がする。





 こんなことを考えているのは、少し気持ちが荒れているからだ。

 悪魔が来なくなった。

 ただそれだけのことで、俺は精神的に追い詰められていた。

 毎日来てたのに急に姿を見せなくなれば、心の中に穴が空いたような気持ちになる。

 寂しさを感じるなんて認めたくなかったけど、この気持ちはそれ以外に説明がつかなかった。



「どこ行ったんだ、馬鹿」



 悪態をつく声にも元気が無く、ご飯も喉を通らない。

 どんどん弱っていってしまって、動くのも億劫だ。

 それでも手紙を取りに行くのを止めないのは、誰にもストーカーされていることを知られたくないからである。


 警察には連絡していない。

 男がストーカーされているなんて信じてもらえないというのが一番の理由だ。



「……俺のことを、好きなんじゃないのかよ……」



 追い詰められているから、満足に眠ることもままならず、混濁した意識の中で俺はストーカーのことよりも悪魔を求める。

 このままだと、いずれ倒れてしまいそうだ。

 それで解放されるならいいかと、自殺願望のような考えも湧いてくる。


 こんなことを考えてしまうのも、全てが悪魔のせい。

 俺は弱々しい悪態を、さらに続けていく。




 下から物音が聞こえたのは、しばらくしてからだった。

 鈍くて重みのある音は、明らかに両親のものとは違っていた。

 一瞬悪魔が来たのかと期待しかけたが、もしそうなら下から入ってくる必要は無い。好きな時に現れることが出来るのだから、悪魔だったらすでに俺の目の前にいるはずだ。



 それじゃあ、一体誰が入ってきた?

 すぐに思い浮かんだのは、ストーカーだった。というか、それ以外に考えられない。

 俺しかいない家で、体調が万全とは言えない中、悪魔からの助けも期待出来ないということは、完全に終わりを意味している。


 ストーカーの悪魔が見えているわけはないから、嫌なタイミングが重なってしまったわけだ。

 逃げようにも、走れるだけの体力は無い。

 上手く家から出られたとしても、すぐに捕まる。

 向こうがどういう目的で侵入してきたのかは不明だけど、ピンチであることは確実だ。


 貞操の危機か生命の危機か。それはささいなことだった。

 見知らぬ人間に好き勝手にされる。俺はそっちの方が我慢ならなかった。


 部屋の中に、何か武器になるようなものはないかと探したが、特にこれといった物がない。

 護身用に木刀かバットでも置いておくべきだった。そう後悔したところで、完全に遅すぎる。

 とりあえずと言ったように、すぐ近くにあったハサミを持ってはみたけど、こんなのは何の役にも立たない。


 こうしている間にも、下の足音はまるで家探しでもしているように、ウロウロとさまよっている。

 俺を探しているのか、それとも別の目的で動き回っているのか。

 泥棒の可能性も出てきたけど、それは何の慰めにもならなかった。


 この部屋で静かにしていれば、諦めて帰ってくれないだろうか。


 ハサミを両手で握りしめ、息を潜めた。


 何かを開ける音、物が落ちる音、様々な音が聞こえていた中で、ふと物音が突然止んだ。

 いなくなったのかと思ったが、下から嫌な気配は感じる。


 どうやら向こうも息を潜めて、様子を窺っているらしい。

 まさかここにいることがバレたのかと、俺は一気に緊張した。

 呼吸をしている音さえも大きく聞こえて、口を押さえてはみたが、そこまで音の大きさに変化はない。


 もしこの部屋に来られたら、俺はどうなるんだろう。

 死んでもいいと思っていたけど、知らない奴に好き勝手にされると考えたら駄目だった。



 ゆっくり階段を上る音。

 こちらに近づいてくる気配。

 俺がここにいるのを知っているかのように、まっすぐにこちらに来る。



「……助けて……」



 助けを求める声は、とても小さかった。

 誰にも聞こえないような、そんな切実な願い。



「……俺をお望みか?」



 そしてそれを聞き入れたのは、俺が望んでいた存在だった。



「……りょうすけ」



 まさかこんなにタイミングよく現れるだなんて、悪魔じゃなくてまるでヒーローなんじゃないか。

 絶対にありえないことを考えながら、俺は思わず目の前の体に抱きつく。



「もういやだ。たすけて」



 舌足らずな言葉に、抱きしめられた悪魔は慈悲深い笑みを浮かべる。



「翔平が望むのなら喜んで。疲れているだろう。ゆっくりと寝ていればいい」


「……ころすのはだめだから」


「……ああ。分かっているって」



 安心してしまったせいで、眠気が襲いかかってきた。

 背中を優しく叩かれれば、意識が遠のいていって、俺はそれに抗うことはなく目を閉じる。



「次に目を覚ませば元通りだ。全部な。だから安心しろ」



 その言葉に本当に安心してしまった俺は、もう手遅れなのかもしれない。





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