第13話 ストーカー





 手紙は、毎日のように届いている。

 日を増すごとに枚数も増えて、今では一センチの分厚さになっていた。

 中身は全く読んでおらず、捨てるのも怖くて箱の中に入れてベッドの中にしまいこんだ。


 多分ストーカーだろう犯人は、ものすごくタイミングがいいか、こちらを監視している可能性が高い。

 そうじゃなければ、俺だけに手紙が見れるようにポストに投函するなんてことは出来ないはずである。

 毎回家に俺一人しかいない時を狙って、手紙をポストに入れた後に合図をするかのようにインターホンを鳴らす。


 俺が取りに行くまで一定の間隔を持って鳴らすくせに、その姿をカメラが写したことは無い。

 犯人は、自分の姿を見せないようにしている。


 どこで俺を見つけて、どうしてターゲットに定めたのかは知らないけど、用意周到な人であることは確かだ。

 引きこもったのを見てからこんなことを始めるなんて、性格が悪いにもほどがある。



 そして何となく、確証は無いのだけど、この送り主は男な気がした。

 筆跡は分からないし、送り主の名前が書いてあるわけじゃない。

 ただ手紙の言葉遣いというか、雰囲気が女性らしく無いのだ。


 別に相手の性別でどうこう言うつもりはないが、それでもストーカーされることに気味の悪さを感じる。



 今のところは手紙だけだけど、それがいつエスカレートするかは分からない。

 実力行使に出られれば、俺なんて簡単にやられる。


 向こうが俺に抱いているのは殺意なのか好意なのか、それによっても結末は変わってくる。

 どう考えても早めに対処しなければ、待っている未来は暗い。



 他にも気になっていることはある。

 それは、あの悪魔が傍観に徹していることだ。


 俺のことが好きで堕としたいのなら、ストーカーは敵じゃないのか。

 ストーカーを焚きつけたのは自分だとにおわせるようなことは言っていたが、考えていることが分からない。


 俺にストーカーをぶつけて、何が楽しいのか。

 もし最悪の事態で死んでしまったとしても、構わないような仕掛けがすでにされているのかもしれない。


 助けを求められない中で、この考えが正しいのならば八方塞がりだ。

 悪魔に期待しているわけじゃないが、それでも理不尽に責めたくなる。






「これまた随分と厚くなったな。その内、辞書レベルまで増えるんじゃないか?」


「また来たのか」



 俺が引きこもっているから暇を持て余しているのか、悪魔は毎日のように俺の前に姿を現すようになった。

 暇なのかと呆れていたのは最初だけで、いつしか来るのを心待ちにしている自分がいた。


 自分で作ったとはいえ閉鎖的な空間に、嫌気がさしているのも事実だ。

 俺の一日は、気を遣ってくる両親の声と味のしない食事、どんどん分厚くなっていく手紙、そして悪魔で形作られている。


 全てが負で埋め尽くされた中で、悪魔は息抜きの空間だった。

 くだらない世間話のようなやりとりが、どれだけ俺の心を救っているのか向こうは知らないと思う。


 もしこれが相手の思惑通りに進んでいることだとしたら、まんまとその手に引っかかっている。



 今日も現れた悪魔に安堵している気持ちを表には出さず、俺は顔をそむけた。

 緩んだ表情になってしまうから、顔と顔を合わせて話をすることが出来なかった。



「おい、こっちを見ろ」



 俺のそんな葛藤を知らず、悪魔は無理やり顔を見てこようとしてくる。



「しつこいのは嫌われるぞ」


「元々好感度は低いんだから、これぐらいで落ちるものでもないだろ。それよりも今は、顔を見る方が優先だ」


「何だその理屈。とにかく止めろって」



 フェイントをかけながら、何とか見られないようにするが限界はあった。

 両頬を掴まれ無理やり視線を合わせられると、その距離のまま話しかけてくる。



「翔平、不安な気持ちは分かる。でも顔は見せろ。そんな風にしているなら、俺は一生このままでもいいんだからな」


「一生って、そんな」


「無理だと思うのなら試してみるか? 俺は別に構わない」



 冗談ではなく本気で言っている。

 このまま一生、視界が悪魔で埋まるのは、さすがに嫌だ。


 俺は腕を掴んで、何とか引き剥がすことに成功した。



「分かった。顔をそらしたりとかはしない。だから変な顔をしていても、何も言うな」


「顔、真っ赤」


「そういうことを言うなって、俺は言ってるんだよ」


「いいだろ。俺の顔を見て、翔平の顔が赤くなっている。こっちは嬉しくてたまらないから、もっとよく見せろ」


「この、悪魔っ」


「まあ、否定しない」



 そのまま相手の気が済むまで、真っ赤になった顔をじっくりと見られて、解放された時には完全に疲れ切っていた。



「悪い悪い。ついやりすぎた」



 謝る悪魔に悪びれた様子はなく、背中を撫でる手つきが優しいことにもムカついた。

 顔をそらさないようにしながら、俺は睨みつける。



「誰のせいだと」


「俺だな。でも人間ごときに惑わされて、俺への対応を変える翔平が悪い」



 言いたくはないがその変化は、どちらかというと悪魔にとっては有利なものだ。


 気を許してしまい、顔を見せること見るこに照れて、そして毎日来ることを待ち望んでいる。

 そんな変化が嫌だと言うのなら、あえて俺からは何も言わない。



 堕ちる気は無いのに、ぬか喜びをさせるなんて、俺の方が悪魔だと言われても反論出来なくなる。




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