第11話 綺麗だった庭




 目的の場所に辿り着いた頃には、息が切れていて、膝がガクガクと情けなく震えていた。

 それでも止まっていられず、俺は勢いよく門を開ける。


 開けた先には、綺麗な花が咲き誇る庭と、その中心で佇むおばあさんがいた。



「あら、そんなに急いで。どうしたのかしら?」



 突然中に入ってきたことに驚いてはいたが、前のような警戒心は無い。

 挨拶や話をしている内に、気を許されていったみたいだ。

 それを嬉しいとか、そういうのは感じない。



「単刀直入に聞きたいことがあります」



 自分でも冷たいと聞こえる声で話しながら、おばあさんは見る。



「あら、何かしら?」



 俺のただならぬ様子に対しても、特に焦ってはいない。

 元からのんびりとした性格だと思っていたが、今は気味の悪さを感じていた。

 これから質問した時、彼女はどんな反応をするのだろう。

 全く予想がつかなかった。


 でも聞くしかない。

 俺は覚悟を決めて、息を大きく吸い込む。



「あの男の子は、どこにいるんですか?」



 震えてしまった質問に問われた彼女はというと、その笑みを崩すことなく平然とした様子で立っていた。




 ◇◇◇




「男の子って? あなたと会った時にいた子?」



 すぐに認めるとは楽観視していなかったが、やはりとぼけてくるか。

 見た目だけなら完全に無害な様子に、恐ろしさしか感じない。


 俺はポケットの中を探って、彼女にそれを突きつける。



「そうです。この子のことですよ」



 それは電柱に貼ってあったのを借りた、A4サイズのポスターだった。

 そこには探してますという文字と共に、男の子の写真がある。

 写っている男の子に、俺は見覚えがあった。


 この前、ここの家の前で話をした子。

 行方不明と書かれていて、そしていなくなったのは、あの日のことだった。

 これ以外に、証拠という証拠を持っているわけじゃないけど、ここだという予感があった。



「あなたは、この子がどうなったか知っていますよね」



「何のことかしら……って言っても無駄なようね。知っているわ。その子がどうなったか。ふふっ」



 さらにとぼけるかと思ったが、おばあさんは一切表情を崩すことなく事実を認めた。

 いやむしろ楽しそうで、イタズラがバレた子供のようにテンションが高い。



「最近の親は駄目ねえ。過保護すぎるわあ。少しいなくなっただけで大騒ぎしちゃって」


「認めるんですか? 男の子を傷つけたことを」



 遠回りに言ったが、実際は傷つけたどころの話じゃない。


 俺の考えが当たっていたら、あの男の子はすでに……。



「どうして、どうしてですか? あの子が何をしたって言うんです」


「何をしたって、そんなの決まってるじゃない」



 この人が手をかけたのは、あの男の子だけとは限らない。

 もしかしたら、他にもたくさんの人が犠牲になった可能性がある。

 それなのに、この人は反省していない。



「だって、一番綺麗に花が咲いてくれるんだもん」



 しかも、何を言っているんだ。

 全く意味が分からない。

 話の通じる相手じゃないと分かり、俺は諦めて警察に連絡をした。





 おばあさんの家の庭には、死体が山ほど埋まっていたらしい。

 そのほとんどが犬や猫で、……そして何人かの子供もいた。

 古いのは十何年も前のもの、一番新しいのはあの男の子のものだった。


 警察の取り調べで、おばあさんは殺人の理由を俺に話したのと同じ供述をしたらしい。

 綺麗な花を咲かせるために、肥料として使った。

 色々な肥料を試してみて、それが一番良かったと嬉しそうに話していたと、誰かから聞いた。

 自分のやったことを全く後悔しておらず、むしろ最後に警察に向かって言い放った。



「私の大事な庭、綺麗にお手入れしてくださいね。あそこまで綺麗にするのに、苦労したんですから」



 それに対して誰も反応を返せないぐらい、絶句したとのことだ。

 俺だって話を聞いて、あまりの言葉に寒気を感じた。



 結局、事件は頭のおかしくなったおばあさんの単独犯ということで終わった。

 おばあさんには家族もおらず、ずっと一人であの庭を守っていた。

 いや、誰もいなかったからこそ、犯行がエスカレートしてここまで止まらなかった。


 俺がたまたま気づかなかったら、さらに犠牲者は増えていたはずだ。

 でも、自分のことをヒーローだなんて思っていない。





「どうした、翔平。浮かない顔をしているな」


「……涼介」



 ベッドで天井を見ていたら、悪魔の顔が覗き込んできた。

 今は一人になりたい気分だけど、言ったところで聞いてくれるわけもない。

 存在を無視して、また白い壁を見つめる。


 しばらく浮かんでいた悪魔は、つまらなくなったのかベッドの上に乗ってきた。

 それでも無視していたら、頭にそっと手が置かれた。



「翔平のせいじゃない」


「……」


「悪いのは全部やった本人だ」



 どうして、俺の苦しみを見透かすのか。


 あの時、もっと男の子の話をちゃんと聞いていれば。

 一人残さなければ。

 最後に振り返ってきた時、異変に気づいていれば。


 たらればかもしれないが、俺の選択が違っていたら救えた命だった。



 俺のせいで。

 おばあさんが犯人だと分かってから、ずっと頭の中を占めていた言葉。



 悪魔の慰めはありきたりなものだったけど、どうしてかすんなりと入ってきた。

 見られているのを分かっていたけど、溢れてくる涙を止める術を持っていなかった。



 子供のように泣きじゃくっている間、悪魔は何も言わず俺の頭を撫で続けた。

 悪魔のくせに気を遣われ、どんどん弱い部分をさらけ出してしまっている。


 気を許してはいけないと分かっているのに、きっと涼介の顔をしているせいだ。

 俺は全てを向こうのせいにして、現実逃避していた。






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