第9話 庭が綺麗
悪魔の言葉のせいで、更に人と関わるのが怖くなった。
一人だけ鎖国している俺を、周りは気味悪がった。
孤立したけど、全く構わない。
悪魔に何かをされるぐらいだったら、孤独であった方が精神的に楽だ。
その中での癒しは、やはりあの家の庭である。
あれ以降、たまにおばあさんの姿を見るようになった。
いつも忙しなく動いていて、雑草を抜いたり水を上げたりしている。
頑張っているなと毎回思うけど、話しかけようとはしない。
たぶん挨拶をすれば、挨拶を返してくれるだろう。
話しかければ、雑談に応じてくれるかもしれない。
でも何度も声をかけようか迷って、結局何も言わずに通り過ぎていた。
そんな俺のことを呆れたように見てきた野良猫は、最近は付き合っていられないと思われたのか姿を現さなくなった。
猫にまで見捨てられてしまったのかと、本気で落ち込んだ。
人と関われないから、仲良くなろうと考えていた矢先の事だったので、余計にダメージが大きかった。
悪魔は、もうきっかけを誰かに与えたのだろうか。
その人は、それを無視したのだろうか。
何も起こらなければ、悪魔は諦めてくれるのか。
悪魔と会ってから、俺は毎日のように考えている。
俺には人間の醜さを見せつける、そんな目的で誰かの人生を壊そうとしている。
どうにかして、何かが起こる前に止めたかった。
悪魔が狙うとしたら、一体誰だろう。
俺の周りにいる人間だということだけは確かだ。
家族、教師、クラスメイト、一体誰だろう。
何をするかは分からないから、やろうとしている誰かを見つけるしか無かった。
ヒントも何も無い中、俺は学校から家へと帰る道で気づいた。
狙われている誰かをじゃない。
あの綺麗な庭に侵入しようとしている、小学生ぐらいの男の子をだ。
その手にはスコップを持っていて、なにかイタズラをしようとしているのは明らかだった。
見て見ぬふりをするべきか、迷いに迷って俺は静かに男の子に近づいた。
何か覚悟を決めたような表情が、どこかちぐはぐだ。
もしかしてただのイタズラ目的では無いのだろうか。
そうだとすれば、逆にタチが悪そうだ。
可愛らしい白の門を開けようとしている肩に、俺は手を乗せた。
「うわあっ!?」
俺の気配に気づいていなかったようで、振り返りながら腰を抜かしてしまった。
「中に入って何をしようとしていたんだ?」
「ご、ごめんなさっ」
「謝るのは俺にじゃない。この家の人にだ。それで何をしようとしていた?」
やる前に止めることが出来たから、これ以上首を突っ込むべきじゃないか。
でも何をしようとしていたのかだけは、気になるから聞いておきたかった。
地面に座り込んだまま、男の子は持っていたスコップを胸元で握りしめた。
「掘ろうと思ってたの」
「もしかしてあの庭を? 何でそんなこと」
イタズラだとしたら悪質だし、理由があるのだとしたら余程のことだろう。
にわかに興味が湧いてきて、俺は質問をする。
あんなに立派な庭を掘って何をするつもりなのか。
見たところ男の子は、イタズラっ子や悪ガキといった雰囲気が感じられない。
そんな子がわざわざこの家を選んだ意味、それを知りたくなった。
俺の問いかけに怒られると勘違いしたのか、唇をかみ締め瞳に涙が浮かべたが、それでも途切れ途切れに答え始める。
「あそこに、クロがいるから。お家に、帰ろうって」
「クロ?」
「えっと、クロはネコなの。ニャーってないて、可愛いんだよ」
腕を広げて、そのいなくなったというクロの大きさを示す。平均的な猫の大きさといった感じだ。
「どうして、クロがここにいると思ったんだ?」
「クロ、ここによく来ていて。それでエサをもらっていて。それで、それで……」
「あら、ここで何をしているのかしら?」
男の子がこの家に入ろうとした理由を、あと少しで話しそうだったところで、第三者の声が遮った。
俺と男の子は驚いて、そちらを見る。
話しかけてきたのは、この家の住人のおばあさんだった。
庭の手入れをするために外に出て、そして家の前で話している俺達を見つけたのだろう。
こちらを警戒し、特に俺に向かって不審に思っているみたいだ。
地面に座りこんでいる子供と、その前で立っている男子高校生がいたら、そうなるのも無理ない。
場合によっては、俺が男の子を虐めているようにも見える。
不審者として警察や学校に連絡する前に、誤解を解いておかなくては。
今にも電話をかけそうな雰囲気のおばあさんに向けて、俺は出来る限り害の無いように見える表情をする。イメージは好青年だ。
「すみません、家の前で騒いでいて。この子が猫を探しているみたいで、話を聞いていたんです。ほら、立てる?」
おばあさんに向けて話しながら、男の子を立ち上がらせる。
そして服についた汚れを落としていれば、少し警戒が弱まった。
「そうなの? どんな猫かしら」
「このぐらいの大きさの黒猫らしいです。見かけたことありますか?」
「そうねえ。……少し前に、そのぐらいの猫を見たような気がするわ」
「本当ですか?」
頬に手を添えて考えていたかと思えば、いなくなった猫に心当たりがあると言う。
それは良かったと男の子を見ると、その表情は固い。
もしかしたら、庭を掘ろうとした罪悪感を抱いているのかもしれない。
「良かったね。クロ見つかるかもよ」
「……うん」
「もし時間があるのなら、家の中に入って探してみる?」
「良いんですか? あ、でも俺は……」
さすがに、家の中に入るのは関わりすぎになる。
「あらそうなの。それじゃあ、あなただけで中を確認してみてちょうだい」
「そうですね。よろしくお願いします。ほら、行ってきな」
おばあさんにそっと肩を掴まれ、男の子は中へと案内される。
うつむいたままだった彼は、門の中に入る時、一瞬だけ俺の方を見た。
その表情に何故か心がざわつく感じがしたが、考えすぎだと思い直して、軽く手を振って見送った。
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