第7話 悪魔の所業





 久しぶりに来た火葬場は、タイミングよく休日ということもあって、最低限の明かりしかついていなかった。

 その中には建物の窓からもれる明かりもあり、誰もいないわけでは無さそうだ。

 こっそりと敷地内に侵入した俺は、気づかれないように中に進む。


 勢いでここに来たはいいが、会えるかどうかなんて分からない。

 でも一番ここの可能性が高いと考えた。


 建物はセキュリティがあるから、人が来なさそうな隅の方まで行き、深呼吸をする。

 上手くいく可能性は低い。それでもやるしかない。



「涼介、話がしたい。出てきてくれないか?」



 あれを涼介だと、まだ認めたわけじゃない。

 でも、これ以外の名前を俺は知らなかった。



「涼介。頼む、出てきてくれ」



 建物にいる人に気づかれないように小声で呼びかけているが、返ってくるのは鳥や風が木々を揺らす音だけ。

 そのまま待っていても変わらない。


 やはりあれは俺の幻覚だったのかと、諦めて家に帰ろうとした。



 その時、場の空気が変わる。

 何かがねっとりまとわりつくような、呼吸は出来るけど苦しくなった。



「俺をお呼びかな? 翔平?」


「りょうすけ」



 そして突然、上から悪魔が現れた。


 相変わらず美しい顔をしていて、その口は皮肉げに歪んでいる。



「まさか翔平が俺を呼んでくれるなんて、一体どんな用があるんだ?」



 俺が呼んだからなのか不明だが、嬉しそうな雰囲気で恭しく手を取られ、甲にキスを落とされる。



「っ」



 氷のように冷たい唇の感触に、反射的に手を勢いよく引いた。



「一ヶ月ぶりの再会なのにつれないな。俺は寂しくてたまらなかったのに、翔平はそうでも無かったのか?」



 俺の反応に気にした様子もなく、聞き分けのない子供を見るかのような目を向けられて、居心地の悪い気持ちになった。

 別に俺は悪くないのに、何故か責められている。

 一瞬謝りそうになって、ここに来た理由を思い出す。



「そんなことはどうでもいい! それよりも桜さんに何をしたんだ!」


「サクラ? 誰だ?」


「知ってるんだろう! お前が、お前がっ!」



 店長から聞いた桜さんの最後に、俺は静かにしようという考えを消し去って、悪魔に詰め寄った。

 胸元を掴み引き寄せると、何の抵抗もなく顔が近づいた。



「俺が何したって言うんだ。その女の子ことは全く知らないな」



 俺の問い詰めに、涼しい顔をしてとぼけているが、その様子で確信した。



「俺の知っている涼介なら、本当に知らない時にそんな言い方はしない」



 もしも知らなかったら、その人と俺がどんな関係なのかと問い詰めてくるはずだ。

 今までの経験上、こんな風にしらばっくれるのは嘘をついているからだと、すぐに分かった。

 長年一緒にいたからこそ分かったと思うと微妙な気持ちだが、嘘を見つけることが出来たのだからよしとしよう。


 目の前の悪魔は間の抜けた顔で固まったが、すぐに口元を歪めた。



「翔平はやっぱりいいな。俺のことを一番よく分かってる」


「俺の質問に答えろ。桜さんに一体、何をしたんだ?」


「ははっ、何をしたって? 俺はただ、いい夢を見せてやっただけだ。ああなったのは自業自得ってやつだな」



 なんの悪びれもなく話すその綺麗な顔を、何度殴ろうかと思ったことか。


 でも殴ったところで効かなそうなので、俺は罪を自覚させようとする。



「自業自得? 彼女は自分のお腹を切り裂くほどの何をしたって言うんだ!?」



 桜さんは、あんなことが無ければ、普通の人生を送っていたはずだ。

 その原因が悪魔にあるのだとしたら、絶対に許せるわけがない。



「翔平に近づいた。さらに翔平に好意を抱いた。極めつけは翔平に好意を抱かれた。これ以上の罪は無いだろう」


「……ま、さか。そんなことで……?」


「そんなこと? 何言ってる。殺しても殺し足りないぐらいだ」


「彼女を選んだのは、それ理由なのか……俺が、俺が悪いのか……」



 好きにならなければ、関わらなければ、彼女は悪魔に気づかれることは無かった。

 あんな悲惨な死に方をすることは無かった。


 胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けて、その場にうずくまる。



「何で……どうして、そんなことが出来るんだ……」



 今まで死とは、自分とは関係の無いものだった。

 どこか遠い世界で起こっていること。

 そんな風に思っていた。


 それなのに、こんな短期間で俺の身近な人が二人も死んだ。

 誰かに夢だと言って欲しい。

 これは悪い夢だと、そう安心させてもらいたかった。



「翔平」



 地面に崩れた俺の体を、悪魔は優しく抱き上げた。

 額同士を合わせ、そして軽くキスをされる。



「泣くな。死んだ女の子となんか、早く忘れてしまえ」


「お、前が言うのか。それを」



 全ての元凶のくせに、悪びれもなく慰めてくる。

 そのどこか矛盾している行動に、俺は力無く胸を殴ることしか出来ない。

 それも相手からすれば、戯れているようにしか見えないのだろう。


 無力な自分が歯がゆくて、俺は唇を噛みしめた。


 どうにかこの目の前の悪魔に、一矢報いてやりたい。

 涙でにじむ視界の中、俺は言葉を吐き捨てた。



「こんなこと、したって……絶対にお前のことなんか、好きにならないっ!」



「……は?」


 地の底から響くような低い声。

 俺の言葉は、予想以上に相手に打撃を与えたようだ。



「翔平。憎まれ口を叩くのも良いが、言葉には気をつけるべきじゃないのか?」



 頬をすりすりと撫でてきた手は、そっと唇に移動した。

 感触を楽しむかのように下唇を押され、好きにさせていると、抱き上げている俺を支えている方の手が下に移動した。



「おいっ、何して……んっ!?」



 お尻を撫でてきた手に、意識がそれている隙をつかれて、唇が塞がれる。

 しかも先程までとは違い、今度はぬるりと柔らかいものが侵入してくる。



「……っふ。いやっ……ゃめっ……んんっ」



 舌を入れられたとわかり、自分のを引っ込めようとしたが絡め取られ、耳を塞ぎたくなるような水音が響く。

 混ざった唾液が口の端から垂れる。

 息をすることもままならなくて、酸欠で意識を失いかけた時、ようやく離れた。



「こういう時は鼻で息をするんだ。次からはそうすれば苦しくない」


「……二度目はっ、ないっ!」


「その態度がいつまで続くのか、楽しみだな」



 濡れた唇を撫でながら、三日月かと思うぐらいに口角を上げて笑う悪魔は、獲物を狙うような目で俺を見据えた。





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