第5話 悪夢の始まり





 あれから、涼介の骨は見つからなかった。

 事件の可能性もあると警察が調べているらしいが、多分、いや絶対に見つかることはないのだろう。

 涼介の体は、消えて無くなったのだ。

 俺は確信していたけど、誰にもそのことを話しはしなかった。




 あの日以来、悪魔が何かをしかけてくるかと、警戒していたのだが、予想に反して姿を見せては来なかった。

 それでも油断は出来ないから、気を張って生活をしている。

 してはいるのだが、少しずつ日常を取り戻してもいた。


 涼介の死を知った時はあんなにショックを受けていたクラスメイト達も、話題に出すことが少なくなった。

 冷たいかもしれないが、生きている人間は前に進むしかない。

 そのうち、記憶からもいなくなっていくのだろう。


 俺も早く、そうしたいものだ。





 部活動に入っていない俺は、放課後にコンビニのアルバイトをしていたのだけど、涼介の死でしばらく休んでいた。

 両親から休んでてもいいと気を遣われたから、店長に事情を話してシフトから外してもらっていたが、気分を変える意味でも復帰することにした。



「あ、翔平君。久しぶりだねー」


「おはようございます。桜さん」



 復帰初日にシフトが被ったのは、幸運なことに一緒になることが多い桜さんだった。


 年齢は二つ上の大学生で、週三ぐらいでシフトに入っている。

 ポニーテールにしている長い髪は、動くたびにゆらゆらと揺れて、つい目線が追ってしまう。

 その場を明るくする快活な笑顔に、俺の中にあったモヤモヤとした気持ちが小さくなっていくのを感じた。



「忙しかったらしいけど、もう大丈夫なの?」


「はい。これからは、いつも通りに働けます」


「それなら休んだ分、私がこき使ってあげよう」


「ほどほどにしてくださいね」



 実は、俺は桜さんに対して、ほのかな好意を抱いている。

 俺が自意識過剰じゃなければ、向こうも同じ気持ちのはずだ。

 あと少ししたら告白しよう、何度もそう思って今の関係性を楽しみにしたくて先延ばしにしていた。


 涼介のことが落ち着いたら、好きだと言おう。

 最近の暗い話題の中で、明るい未来の予定に俺は胸を弾ませた。


 でも、あの悪魔のことを警戒はし続けなくては。

 俺の罪悪感が見せているものだとしたら、早く忘れ去りたいが。



「翔平君、顔色が悪いけど大丈夫?」



 涼介や悪魔のことを考えていたせいで、心配されるような表情になっていたらしい。

 桜さんが顔を覗き込み、額に手を当ててくる。

 少し温かい手のひらの柔らかさと、いい匂いに心臓がうるさく鼓動した。



「ちょ、ちょっと疲れているのかもしれません。でも大丈夫ですよ」


「熱は無さそうだけど……もし具合が悪かったら、遠慮なく言ってね」


「わ、分かりました」



 こんなに近くに来ても嫌な顔一つしないということは、やはり俺に対して好意的な感情を抱いているのかと期待する。


 桜さんは真っ赤になっているだろう俺の顔を見て、つられて顔を赤くさせた。



 その後は二人して顔を赤くさせながら接客し、来るお客さんが不思議そうな表情を浮かべていた。






 桜さんの存在のおかげで、暗くなりかけていた気持ちが随分と楽になった。

 アルバイトをしている時間だけが、俺にとって気の抜ける空間にいつしかなっていた。


 段々と元気を取り戻した俺に、心配そうにしていた両親も安堵し、アルバイトを続けることに関して何も言わなくなった。

 涼介も悪魔も、全く出てこない。

 俺は前を向いて、涼介の死を乗り越えようとしていた。




 そんな順調な生活の中、桜さんの様子にいつもと違うものを感じた。

 うっすらとだけど目の下にクマが出来て、快活さも影をひそめている。

 明らかに何かがあると、俺はバイト終わりに思い切って尋ねてみた。



「最近、元気が無いですけど、何かありましたか?」


「……え? ごめん、何か言った?」


「えっと、何か悩み事でもあるのかなと思いまして。俺で良かったら聞きますけど」



 やはり、どこかおかしい。

 ボーッと遠くを見ている姿は、今にも道路に飛び出しそうな危うさがある。

 でも、こんなことを思うのは駄目かもしれないけど、どこか前よりも綺麗になったというか雰囲気が妖艶というか……いや俺の勘違いだ。


 何度も話しかければ、ようやく俺の存在に気づいたとばかりに、こちらを見た桜さんは目の焦点があっていないようだった。

 その空気に飲まれそうになり、慌てて首を振る。



「桜さんのことが心配なんです。頼りないかもしれませんけど、話してみれば解決するかもしれませんし……」


「んー、そうだなあ……翔平君になら、話してもいいかなあ」



 どこか緩い口調だが、話してくれる気になったらしい。

 唇に指を当てて、首を横に傾げた。



「最近、夢を見るの。いつも同じ夢」


「夢、ですか」


「それがね、人にはあまり言えないものなんだけど……少し、とても妙で、怖いの」



 予想していた悩みとは違ったけど、それでも悩んでいるのだから本気で考えなくては。



「どこで寝ても、いつ寝ても、同じ夢を見て、夢って深層心理が出るって聞いたこともあるから、自分が内心であんなことを思っているのかと悩んだけど……」



 そこで言葉を区切った桜さんは、指で唇を撫でた。

 何も塗っていなさそうなのに真っ赤に染まった唇。

 赤よりも紅い。それはまるで……。



「また何かあったら、翔平君に相談するよ」


「は、はい」



 その唇に気を取られていたせいで、反応が遅れてしまった。

 不審な俺の様子を見た桜さんは、何がおかしいのかくすくすと声を出しながら笑う。



「翔平君がいれば安心だね」



 いつもだったら喜んでいるところだったのに、俺は何故か返事をすることが出来なかった。





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