第4話 告別式





 翌日、目を覚ました俺は、昨日のことは全部夢だったのではないかと思った。

 いくら親友の死がショックだったとはいえ、悪魔になって姿を現すなんて、あまりにも非現実すぎる。


 あれは全て、悪い夢。

 それよりも告別式の方が、今は問題だった。

 あんなものを見て、今日はちゃんと自分を取り繕うことが出来るだろうか。心配だ。


 後ろめたい気持ちがあったから、馬鹿馬鹿しいものを見てしまった。

 現にあの悪魔は、影も形も無くなっている。


 涼介は死んだ。

 今日、焼かれて骨になったところを確認すれば、こんなことは無くなる。


 気が進まなくても、とにかく告別式にだけは参列しなくては。

 俺は頬を勢いよく叩き、そして準備を始めることにした。




 ◇◇◇




 告別式には、たくさんの人が来ていた。

 涼介の人気を表しているような光景に、知らない人が驚いているのが見える。

 そのほとんどを女子が占めているとなれば、気持ちは分からなくはない。


 未だに死を受け入れていない泣き声を聞きながら、俺は昨日と同じように遺影だけを視界に入れていた。

 同じ写真であるはずなのに、その笑みが昨日よりも凶悪なものに見えるのは、俺の脳みそが勝手に変換しているからか。



「……最後に、涼介の顔を見てあげてください」



 おばさんが涙混じりにそういうと、前から順番に涼介の入っている棺の元へと向かい出す。

 その顔を見て、どういう反応をするのが正解なのか自分では分からない。

 でも行くしかないから、俺は順番が来るのを憂鬱な気持ちで待っていた。


 気分はまるで罪人だ。

 クラスメイトの列に紛れ込みながら、俺は棺へとどんどん近づいていく。

 あの白い棺の中に、涼介がいる。

 現実味が無くて、俺はベルトコンベアで流されるように、機械的に歩いた。


 すすり泣く中で、涙ひとつ見せない俺を周りはどう思っているのだろう。

 そんなことを考えていれば、おばさんと目が合う。

 涙をハンカチで拭いながら、それでも懸命に笑いかけてくる。

 その様子に、罪悪感が湧く。

 とりあえず何か反応をしなくてはと、軽く頭を下げた。


 顔を見ていられなくて、そっと視線を前にそらす。

 もう次は俺の番だ。

 顔の部分だけが見えるように、小さな扉が棺には設置されている。

 しっかりと見ないで、すぐに終わらせよう。

 俺は棺の前に行くと、そっと覗き込む。



「っ!」



 声を出さずに済んだのは、口を手で覆ったおかげだ。

 そうじゃなかったら、きっと悲鳴が口から出ていた。



 そうなるのも仕方がない。

 棺の中の目と視線が合ったのだ。

 中にいた涼介と、目が合ったんじゃない。

 棺に入っていたのは、涼介じゃなく悪魔だった。

 こっちに向かって手を振り、楽しげに笑っていた。


 これも、俺が見せた幻覚なのか。

 それなら早く覚めてほしい。

 どんなに願っても悪魔が消えてくれることはなく、棺の中からふわりと飛び出てくる。



「よお。昨日ぶりだな」


「な、な」



 こんなありえない状況なのに、俺以外の誰も騒いでいない。

 ということは、こいつが見えているのは俺だけなのか。

 たくさんの人がいる中で、下手な行動は出来ない。


 俺はすぐにその考えに至り、悪魔を無視することにした。



「おいおい、酷いじゃないか。無視するのか?」



 棺から離れた俺を、悪魔はふよふよと飛びながら追いかけてくる。

 少しだけ長居をしてしまったせいか、何人かの視線が突き刺さった。

 それを無視して、俺は自分の席に座る。



「言っただろ。俺は翔平と一緒にいるためには、何でもするって」


「……うるさい」



 隣に不審に思われないぐらいの声で、俺は返事をした。

 そうすれば嬉しそうな雰囲気を出してきたから、対応を間違ったとため息を吐く。



 その後は話しかけられても無視をしていれば、ついに火葬の時間になった。

 おばさんが涙ながらにボタンを押すのを、涼介に似た悪魔と一緒に見守る。

 一体どういう状況なんだと、俺は頭が痛くなってきた。



「あんなのは抜け殻だ。なんの意味も無い」


「そんなこと言ったって自分自身だろ」


「どうだかな」



 終わるのを外で待っていると、悪魔が近づいてくる。

 周りに誰もいないのを確認し、俺は少しだけ話すことにした。



「体が燃えたらどうなるんだ」


「さあな。なにせ、燃やされるのは初めてだ」


「誰だってそうだ。燃やされたら消えたりしないのか」


「消えて欲しいのかもしれないけど、それは無意味な考えだ。燃えたぐらいで俺は消えない」


「それなら、どうすれば消えるんだ」


「そうだなあ。翔平を手に入れられなかった時か?」


「ふざけろ」



 話しているうちに、涼介の時のような気軽さが出てきてしまい、慌てて引き締める。

 これは俺の知っている涼介じゃない。


 俺の雰囲気が変わったのを感じとったのか、悪魔は楽しげにしている。



「いつでも俺のものになっていいからな。そうすれば楽になれる」


「絶対にお断りだ」


「ははっ。つれないな」



 そのまま手を伸ばしてきたので振り払っていれば、火葬場の方がにわかに騒がしくなった。

 そろそろ燃えた頃だと思うが、何か不具合でも起こったのかもしれない。


 おばさんがハンカチを顔に押し当てて、崩れ落ちている。

 その周りで大人達が騒いでいるのを見て、少し迷ってそっと火葬場の方に向かう。

 中に入ろうとしたが、入口には警備員がいて止めてきそうな様子だったので、そっと建物の周りを歩く。


 ちょうど窓が開いているところがあったので、近くで耳を澄ませた。

 少し声は遠いが、会話の内容は聞き取れそうだ。



「こんなことありえない!」


「でも現に無くなっているじゃないか!」


「別の場所ってことは?」


「全部確認したが、どこにも無かった!」


「一体どういうことだ!」



 やはり何かトラブルがあったらしい。

 さらに詳しいことを聞こうと、俺は近づいた。



「骨が全く無いなんて、一体どこに消えたんだ?」




 ……骨が、消えた?

 今、この火葬場で燃やされているのは涼介だけだ。

 ということは、消えたのは涼介の骨だということになる。



「どうして……?」


「だから言っただろ。あんなのは抜け殻だって」



 ありえない事態に驚いていると、悪魔が後ろから抱きしめてくる。



「俺はここにいるから、それでいいはずだ。あんな抜け殻のことなんて、どうでもいい」



 そう言いながら擦り寄ってくる悪魔は、自分のことのはずなのに全く関心を持っていない。

 俺の知っている涼介は、もうどこにもいない。


 しばらくの間、その場所で動けずにいた俺の後ろで、馬鹿にしたような笑い声がずっと響いていた。




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