第3話 親友との出会いと望み





 ぶつかってメガネを壊してしまった。

 明らかに俺に非がある状況に、冷静に対応しようとするがパニックになり、脳みそが上手く働いてくれない。


 メガネは、直すとかそういう状態じゃないぐらいに、フレームは歪みレンズの部分も割れている。

 眼鏡をかけているイメージはなかったのだけど、それを疑問に思っている場合じゃない。



「メガネ、完全に壊れちゃったよな。本当にごめん。弁償するから」



 俺の謝罪に、そっと目の辺りを撫でてメガネが無いことを確認している。



「気にしなくていい。コンタクトをちょうど切らしていて、たまたまメガネだっただけだから。普段は使ってないんだ。そんなに高いものでもないしな」


「大丈夫じゃないって。もしかして、今見えてない?」



 普段はコンタクトをしていることも初めて知ったし、普通に会話をしていることさえも驚きだ。

 そこまで緊張していない自分に驚きつつ、目の前で手を振った。



「まあ、少しだけ見づらいが……帰れないことはない。それよりも、こっちを拾った方がいいんじゃないか?」


「こんなのすぐに拾えるから。見づらいなら危ないだろ。こうなったのも俺のせいだし、家まで送らせてくれ。もちろん迷惑じゃなかったらだけど」



 このまま別れて帰り道で事故にでも遭ったら、それこそ申し訳なくなる。

 送ることを申し出れば、また片頬をあげて笑った。



「そうだな。申し出に甘えて、送って行ってもらおうかと」




 これが、俺と涼介の出会いである。

 その後、一緒に帰っている時に、音楽や読んでいる小説の趣味が合うことも分かって、一気に距離が縮まった。

 周囲が驚くぐらいに、いつも一緒に行動するようになり、親友と呼べる関係性に発展した。



 ある日、涼介から好きだと言われる前までは……。






「おい。何を考えているんだ。こっちを見ろ」



 出会った頃のことを思い出していれば、冷たい声と共に顎を力強く掴まれた。

 骨を砕こうとしようとするぐらいの力に、顔をしかめて抵抗する。



「いたっ。離しっ」


「許さない。俺以外のことを考えるな」



 なんで自分勝手なんだ。

 でも相手の機嫌を損ねたら、簡単に命を奪われそうな気配に、俺は睨みつけるだけにとどめる。



「俺がこれから何をするのか不安か?」



 気付かれないようにしていた不安を感じ取られたのか、クツクツと楽しそうに笑われ顔が近づいてきた。



「ひっ!」



 べろりと湿った感触が、顎から頬に渡って移動する。

 舐められたのだと分かり、思わず口から悲鳴が出た。

 そういう欲を向けられているのは知っていたけど、ここまで直接的な接触は無かった。


 喰われる。

 本能的な恐怖を感じて、俺は逃げようと体を引いたが、逆に引き寄せられる。



「逃げるな。話は最後まで聞くものだろ」



 数センチ先の距離にある瞳は、金色に光っている。

 人間じゃないということを見せつけられているようで、背筋に冷たいものが走る。



「……翔平」



 名前を懇願するごとく呼ばれ、俺は息を飲んだ。


 こんな訳の分からない状況になっているけど、涼介が死んだことに変わりない。

 一体何をしに来たのか、その理由をまだ涼介は言っていなかった。



「……涼介、俺に復讐しに来たのか?」



 俺があの告白を最初は冗談だと笑い、その次に嘘だと言い、本気だと分かると完全に拒否した。

 そのことを恨んでいても、全く不思議じゃない。



「恨んでいる? 翔平は面白いことを言うな」



 また喉の奥で笑うような声がして、そして唇に柔らかいものが触れた。



「恨んでなんかない。恨むはずなんかないさ。こんなにも愛しているのだから」



 自然とキスをされたから、すぐに反応出来なかった。

 でもすぐに顔が熱くなり、そんな顔を見せたくなくて必死にそらそうとする。



「翔平。俺と一緒に堕ちよう?」


「おちる?」


「ああ、翔平と一緒にいられるのなら、俺は何を犠牲にしても構わないし、地獄にだって堕ちる」


「何言って」


「心配しなくても大丈夫だ。何人かに死んでもらうことになるが、そんなの翔平と一緒にいられるのなら些細なものだからな」


「……は?」



 言っている意味が理解出来ない。

 キスされた時以上に脳の処理が追いつかず固まっていると、顎を掴んでいた手が頬に移動する。



「面倒だけど、契約したからな。そこら辺の適当な奴に犠牲になってもらって、翔平の魂を汚さなきゃいけないんだよ。それで俺を受け入れてくれれば、あとはハッピーエンドだ」


「……そんなの、ハッピーエンドじゃない……おかしい……どうしてそんなこと」


「何言ってるんだ。さっきから言っているだろ。俺は翔平を愛しているんだ。狂おしいほどにな。だから手に入れるために犠牲がいるなら、喜んで用意するだけのことだ」



 赤くなった顔が、一気に冷める。

 その代わりに頭が沸騰したかのように、怒りが湧いた。



「ふざけるな。そんなこと、絶対に受け入れるわけない」



 今、殺されても悔いはない。

 それよりも、この狂った悪魔のものになる方が死んでも嫌だ。



「俺はお前なんかと絶対に一緒にならない。絶対にだ」



 睨みつけたままはっきりと言い放つと、怒るかと思った涼介は肩を震わせて、そして大きな口を開けながら笑った。



「そうかそうか。絶対に受け入れない、ねえ。翔平の覚悟はよーく分かった」



 しばらく笑っていたが、急に俺の首に手が伸ばされた。



「いいだろう。少しだけ遊ぼうか」



 力は入れられていなくても、いつでも絞められる緊張に、俺は負けないように手のひらに爪を立てる。



「翔平を受け入れるって言うまで、俺は色々と仕掛ける。嫌になったら、いつでも受け入れてくれて構わないからな」


「絶対に、受け入れるわけが無い」


「その自信が、いつまで持つか楽しみだ。どれじゃあ、ゲーム開始だな」


「っ! 何をっ!?」



 掴まれた首が、火傷したと感じるぐらいに熱い。

 何かをしたのは明らかだが、自分じゃ見えなかった。



「傷つけたわけじゃない。ちょっとした印だ。ゲームの最中に、逃げられたら困るからな」



 目の前にいる酷薄な表情を浮かべている男は、もう俺の知っている涼介じゃなかった。

 ゲームだかなんだか知らないが、絶対に受け入れるわけにはいかない。



「お前のような悪魔に、俺は絶対に屈しない!」



 何を仕掛けてきたとしても、この気持ちが揺らがないという絶対の自信を持って、俺は宣言した。




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