第2話 悪魔の親友
目の前にいる、こいつは誰だ?
姿形は涼介に似ているけど、それは絶対にありえない。
だって、すでに死んでいるのだ。
生き返るなんて、そんな非現実なことが起こるわけがない。
昔なら、医師の判断が間違っていた可能性があったかもしれないけど、今の世の中でそんなことが起こる確率なんてゼロに近い。
でも実際にここにいる涼介の説明を科学的にするには、それ以外に無かった。
「……生き返ったのか?」
幻覚にしては存在感がありすぎる。
ここにいるのは涼介だと認めるしかなくて、俺は恐る恐る尋ねた。
そうすれば視界に映る整った顔が、皮肉げな表情を浮かべる。
「生き返った? それは違うな。俺は死んでいる」
「それじゃあどうして」
俺の前にいるんだ。
生き返るということ以上に非現実な、そのツノと翼が関係しているのか。
コスプレにしては、あまりにも生々しすぎる。
まるで悪魔のようで、思わず口にしてしまったが、そんなことはあるはずがない。
悪魔なんていない。
そう断言したいのに、どこかでは認めるしかないと思っている自分もいた。
「簡単なことだ。この世に未練があってさまよっていたら、俺の魂が面白いと興味を持つ奴に出会った。それで俺の欲望を叶えるために、力をくれたってわけさ」
なんてことのないように話しているが、あまりにも現実味がない。
というか夢だと言ってもらった方が楽なぐらいに、頭が混乱してきた。
「……悪魔になったってことか?」
「厳密に言うと少し違うが、まあそんな感じだ」
正解しても嬉しくはない。
大体何なのだ。
死んだはずがここにいるだけでもおかしいのに、悪魔になっただなんて訳が分からなかった。
まだ、死んだことすらも受け入れきれていなかった俺に対する仕打ちだとしたら、あまりにも悪質すぎる。
「どんな未練があったのか、気になるか?」
この状況をどうするべきか、混乱した頭で必死に考えていれば、涼介が一歩近づいてくる。
「い、いや」
「遠慮するな。気になるだろう」
正直に言うならば、気になる。
でも聞いたら戻れなくなる予感がして、俺は首を小さく横に振った。
「俺の未練はな……」
「い、言うな……聞きたくな」
拒否したのに、涼介の口は止まらない。
続きを聞きたくなくて耳を塞ごうとしたが、両手首を掴まれてしまう。
「いやだ。やめてくれ。頼むから」
手が使えないから、うわ言のように頼む。
でも、ふっと鼻で笑った涼介は、俺の耳に唇を寄せて囁いた。
「翔平を好きで好きで好きで、たまらないぐらい愛しているのに、翔平を自分のものにしていないことだ」
知っているだろう?
最後に吐息混じりに言われた。
確かに俺は知っている。
涼介が親愛や友情ではなく、恋愛感情として俺のことを好きだという事実を。
死ぬ前日に告白されたのだ。
どんなに忘れたくても、そう簡単に忘れられるものでは無かった。
涼介はおばさん譲りの容姿の良さもあり、学校内外問わず女子に人気があった。
でも本人は女嫌いを主張して、告白やプレゼントを一切の慈悲もなく、女子に同情してしまうぐらいの冷たさで拒絶していた。
かといって、男子と仲が良いかといえばそんなことも無く、わずらわしいのが嫌いだとばかりに一人でいた。
女子に大人気のせいでやっかみを受けたりもしていたから、人間関係が面倒だったのかもしれない。
そんな一匹狼の涼介と、特徴といえば背が平均よりも高いぐらいの俺が、どうして親友という関係性まで発展したのか。
それは、偶然が重なりに重なった結果だ。
部活動に所属していなかった俺はその日、先生に頼み事をされて、放課後の廊下を荷物を運びながら一人で歩いていた。
オレンジ色に染まる廊下は人が誰もいなくて、まるで異世界に迷い込んだような気分になる。
さっさと荷物を運んで帰ろう。
幽霊の存在を信じていなくても、不気味なことに変わりはない。
嫌な考えを吹き飛ばすように早足で進んでいた俺は、急いでいるあまり、曲がり角から出てくる人物に反応するのが遅れてしまった。
「うわっ!」
その人物と勢いよく正面衝突してしまい、お互いに尻もちをつく。
持っていた荷物が床に散らばる音、その中にガラスが割れるような音がかすかに聞こえた。
「ごめん! 大丈夫!?」
ぶつけた体は痛かったけど、それよりもぶつかった相手の方が心配だった。
気持ちよりも真っ先に相手の怪我を確認しようとして、俺は固まる。
目の前にいる人物に、とてつもなく見覚えがあったせいだ。
話したことも、ここまで近づいたことも無い。
それでも、あまりに有名すぎた。
「あー、えーっと、確か
まさか、こんなところで有名人に会ってしまうなんて、ついているのか悪いのか分からない。
怪我でもさせたら女子に恨まれそうだ。
そんな気持ちもありながら手を差し伸べたけど、向こうは拒否すると思っていた。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
でも予想に反して、差し伸べた手に手が重ねられる。
人の体温に戸惑いながら、引っ張って起き上がらせれば、片頬をあげた笑みを向けてきた。
おお、笑うんだ。
氷の王子様とか、聞いているだけだと面白いあだ名をつけられていて、人に対して冷たい態度をとるという話だったのに。
意外にも愛想笑いは出来るのか。
俺の脳内が伝わっていれば怒られるようなことを考えて、廊下に散らばった荷物を拾おうと地面を見る。
俺が持っていた資料が広がっていたが、その中にきらりと光るものがあった。
最初はそれが何か分からなくて、よくよく見て気がついた。
「ぜ、全然大丈夫じゃない!! 大丈夫じゃないよ!!」
廊下に散らばっている紙の中に、メガネが落ちているのが見えた。
どうしてすぐに気づかなかったのかというと、メガネというにはあまりにもグチャグチャな状態になっていたせいだ。
絶対に、俺とぶつかったせいで壊れた。
その事実に気づき、一気に顔が青ざめるのを感じた。
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