悪魔の執着、親友の愛

瀬川

第1話 親友の死




 人の死というものを、どこか他人事のように思っていた。


 今まで誰かの死を、全く経験してこなかったわけではない。

 ただどこか、自分とは遠いところで行われているような、そんな感覚だった。

 それは一度も会ったことがないような遠縁の親戚だったり、テレビの中の往年の俳優だったり、俺の人生に深く関わってこなかった人ばかりだったからだろう。



 俺にとって死とは、あやふやで掴みどころのない、非現実なものとしてカテゴライズされていた。




 ◇◇◇




 親友の涼介りょうすけが死んだ。それもあっけなく。



 俺はすすり泣きと湿った空気がみちている部屋の中で、居心地悪く座っていた。


 周りの大人達はみんな、全身真っ黒の喪服を着ていて、制服の俺とクラスメイトが異質なもののように見える。

 お経をよむ声をBGMにして、神妙な面持ちで隣に座る人と話す声が耳に入ってきた。



「まだ若いのに可哀想に」


「これからだって時だったのにな」



 大体そんなことを言っていて、どこか他人事のようにも聞こえる。

 いや実際、今まで付き合いは無かっただろうから、どんな関係かは知らないけど他人みたいなものなのだろう。


 今泣いている人以外は、付き合いでこの場にいる。

 それなら全く泣いていない俺は、やっぱり他人だと思っているのか。



 悲しいという感情がないわけではない。

 でも涙一つも浮かんでこない瞳のかわき具合は、通夜という非日常な場所のせいでありそうだ。

 通夜なんて、物語やテレビの中のものというイメージが強かった。

 まさか自分が参列者になるとは、つい一週間前までの自分は考えてもみなかった。



 会場の前にある遺影には、涼介が片頬をあげた笑みで笑っている。

 それは俺の記憶の中にいる姿と変わりなくて、未だに死を受け入れられない要因の一つだった。まだどこかで生きている、そんな気がするのだ。


 でも死んだという事実が良くなるわけがなく、俺は両隣にいるクラスメイトの泣いている声を聞きながら、ただ真っ直ぐに遺影を見つめていることしか出来ずにいた。




 ◇◇◇




 家に帰ってくると、気疲れからか着替える元気もなく、ベッドの上に寝転んだ。

 こういう時に口うるさい母親も、気を遣って部屋に入るまで何も声をかけてこなかった。


 俺の元気が無いのは、ショックを受けているせいだと勘違いしたらしい。

 そう思ってくれた方が俺も楽だから、あえて否定はしなかった。

 ショックを受けているのはもちろんだけど、俺の頭の中を占めているのはそれだけじゃない。



『涼介のために来てくれてありがとうね。翔平君が来てくれたから、きっとあの子も喜んでいるはずだわ』



 涼介につきよく似た整った顔は、泣き腫らしたせいでボロボロで、今にも倒れそうなほど顔色が悪かった。

 愛息子が突然死んだとなれば、あんな風になってしまうのも無理はないだろう。

 それでも長年の付き合いがある俺には一切その様子を見せず、深々と頭を下げられた。


 俺はその言葉に、なんと返したのか覚えていない。

 変な空気になることは無かったから、当たり障りの無いことを言ったのだろうが、口を滑らせていないか心配だった。



 あのことはバレてはいけない。どんなことがあっても。

 絶対に気づかれてはいけないと、意識をそっちに向けていたせいで、余計に大変だった。



「……どうして、こんなことになったんだろうな」



 仰向けになりながら腕を目の上にのせれば、視界は闇に染まる。

 視界が遮られた分、別の感覚が鋭くなり線香の匂いを嗅ぎとった。


 まるで体を死が包み込んでいる気がして、頭を振ってその考えを吹き飛ばす。



 どうしてこんなことになったのか。

 涼介の死を聞いてから、ずっとそのことばかり考えていた。


 こうなるつもりは無かった。

 何度もあの日のことを思い出して後悔したが、時間は巻き戻らない。


 明日の告別式に行くのが憂鬱だ。

 俺と涼介の関係性を考えれば行くべきだが、体調が悪いとズル休みしたい気分だった。

 きっとバレることはないし、そうしてしまおうか。


 いや、もしもそのせいで疑われたら元も子もない。面倒な事態になるのは避けたかった。

 明日は這いつくばってでも、行くべきだ。

 でも涼介が燃やされて骨の状態になったのを見て、罪悪感で押しつぶされる気がする。


 行っても行かなくても、俺にとっていいことは無い。

 追い詰められた状況に、ため息がこぼれた。



「……なんで死んだんだよ、涼介」



 俺の呟きは切実なものを含んでいたが、ただの独り言のはずだった。









「なんで死んだか? それは翔平が一番分かっているだろ?」



「誰だっ!?」



 しかし独り言に返事があり、俺は勢いよく飛び起きた。




「……………………は?」



 頭でもおかしくなったのか。

 飛び起きた視界に、あってはいけないはずの存在が映る。



「……りょう、すけ……?」



 それは先程まで見ていた顔だった。

 二度と変わることも成長することもない、写真の中の姿だった。



 死んだはずの涼介が、そこにいたのだ。



 でも、おかしなことがある。

 その美しい顔は変わっていない。それ以外が変わっていた。

 顔色が悪いとか、そういうレベルじゃない。喪服とは違う全身真っ黒な服は、特出すべき点じゃない。


 額からツノが突き出て、その背中から翼が生えていることが問題なのだ。




「……あ、悪魔……」




 物語で出てくるような姿をした悪魔は、涼介と同じ顔をしていた。



 これは、なんの悪夢だ。

 俺は自分の頭がおかしくなった方がマシだと、目の前の光景が信じられずにいた。

 でもどんなに願ったところで、目の前の存在が消えることは無かった。




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