事の始まり

一色 サラ

夢の目覚めて

どうしても、必要であってほしい。重荷だって、分かっているけど、捨てられることがどうしても、怖いの。

 目が覚めると異常な汗が体に流れている。忘れることの重要さ、先に進む勇気。それでも、繰り返される感情が頭いっぱいに広がって、理性を混乱させる。


 「石井さん、休憩行ってください」

加村が休憩から戻って来て、入れ替わるように、茜は昼休みに向かう。

デパートのバックヤードに行って、トレイに入る。洗面台に映る顔は、血色がよくない。今日の朝、茜は5年前に別れた遠島大河の夢を見た。茜にとっては悪夢でしかなかった。別れをLINEで送ってきた男。勝手に決めて、勝手に終わらされた。

『好きな人ができました。なので、別れてださい』と書かれた文章が送られてきた。それを読んだ瞬間、怒りと不愉快さが起きる。大河の素直で曲がったことが嫌いな性格が垣間見えた。返信するも、既読になることはなかった。電話をかけるも、すぐに切れる。着信拒否している。どうしても、納得ができなくて、家まで行ったが、会ってくれることはなかった。         

 大河は二股する選択などなく、茜を切ってきた。今思えば、本当に気持ちが切れていることは分かる。でもあの時は、納得することができなかった。そして、あれから、5年も経つのに、茜は誰とも付き合っていない。もう、人を好きになることが、分からなくなっている。   それでも、好きだなと思う人はいた。でも、その人たちには、いつも奥さんがいた。

 不倫してまで、告白する勇気もなった。自分のことだけを考えて、恋愛ができる人は羨ましい。


「おい、石井、大丈夫か?」

振り返ると、広報の白戸拓郎がいた。お互い32歳になる。白井とは同じくらいにデパートに入社した。

うん、とから返事するように答えた。

「今から、お昼?」

「そうだけど、そっちは?」

「休憩は終わって、今から営業に出かけるところ」

「そうなんだ」

とあまり、広報の仕事を知らない茜からすると、これ以上が話は広がりそうになかった。

「今日って、仕事終わって時間ある?」

「何もないけど、何?」

「じゃあ、食事でもどう?」

「自粛期間だから無理じゃない」

「車でデートは?」

何となく、茜も面倒くさいのもあったし、別に断りたい相手ではなかったので、分かったと了承してしまった。


仕事が終わって、白井の車がある駐車場に向かった。すでに、白井は車の中にいて、手招きしている。

茜は、助手席に乗った。

「なんか、デパ地下の人からお弁当もらったから、これ食べよう」

と白井が言った。

「なんの弁当なの?」

「唐揚げ弁当だよ、でも売れ残りで、買い取りさせられた」

 売れ残りと聞いて、少し残念だけど、白井が楽しそうに話すから、茜も楽しくなってきた。

「どこに向かってんの?」

「石井さんの好きなところ」

「私の好きなところを何で、白井くんが知ってるの」

「いや~、好きだといいなと思うところかな。」

と、ちょっと慌てるように言った。

車が、コインパーキングに入っていた。大越公園が見えた。ああ、いつも桜を見にくる場所だ。まあ、茜は嫌いではない場所だけど、好きかと聞かれても、ちょっと違う気がした。

「行きましょ」

と車を降りえて、夜の9時過ぎの公園に、入っていった。そこに、テラス席のように、テーブルと椅子が置かれている場所があって、そこで食べることにした。

 お弁当を開くと、大きい唐揚げが3つくらい入っていて、ポテトサラダと、ご飯は炊き込みご飯だった。本当にこれって売れ残りだったのかと思ってしまった。

「付き合っている人とかいるの?」

急に、石井に言われて、茜は見つめる。

「いないけいど」と平静を装うように言う。

「じゃあ、俺と付き合ってくれない」

茜は、白井を凝視した。照れくさそうな顔が赤く染まっている。

「ごめん、困らせるつもりはなかったんだ」

「なんで今なの?」

「昔から、石井さんのことは好きだったよ。」

「そんなの知らないし…」

茜は動揺が隠せなかった。

「入社した10年前から、ずっと好きだったんだ。すぐに返事をくれなくていい」

と慌てて言う。

「別にいいよ」

そう答えた。何だろう。素直にその言葉が出てきた。今日の朝の大河の夢は次に進むためのものだったのかもしれない。

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事の始まり 一色 サラ @Saku89make

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