この違い

増田朋美

この違い

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その日は、本当に暑い日で、梅雨の季節なんて何処かいってしまったと思われるほど、よく晴れた日だった。なんか入道雲が大きく空に浮き上がっていて、もう夏がとっくに来てしまったような、そんな気分になってしまうような、そんな日であった。

そんな日は、最近クールシェアという言葉があるように、カフェや図書館など、涼しい場所にいって、勉強や仕事などをするという事が流行っている。製鉄所の利用者たちは、暑い暑いと言いながら、製鉄所の食堂等で、勉強したり仕事をしたりしていた。今日も一日何もないで過ごせるのかなと皆思っていたその時、製鉄所の固定電話が音を立ててなった。

「はい、曾我です。ああ、須藤さんですか。どうしたんですか、そんな深刻な顔して。ああまた有希さんがね。わかりました。又連れて着て下さい。」

と、ジョチさんは、電話をとって、そういうことを言った。

「どうしたの?」

そばで着物を縫っていた杉ちゃんがそういうと、

「ええ、有希さんがこれからここへくるそうです。なんでも、ちょっとした事で大暴れして、また泣いているので、もうどうしようもないので、来させて欲しいと言っています。」

と、ジョチさんは言った。

「はあ、そうなのね。また、有希さん何かしでかしたんかな?」

「ええ、そうでもなければ、来ないですよ。まあ、そっとしておいてあげましょう。彼女の事は、彼女が処理できるようにならなければなりませんから。」

杉ちゃんとジョチさんがそう言っていると、玄関の戸が、ガラガラっと開いた。

「ブッチャー来たのか?」

と、杉ちゃんがいうと、

「ほら姉ちゃん。入ってくれ。ここで少し、落ち着くまで待っててくれよな。俺、今日中にどうしても納品しなきゃいけないものがあって、姉ちゃんの事見てやれないんだ。」

ブッチャーがそう言っているのが聞こえてきた。

「ごめんなさい。しばらくこちらにいさせてください。」

有希もそういうことを言っている声が聞こえてきた。

「おお良いぞ、入れ!ごめんね、今日暑いもんでさ、お迎えいけないよ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「お邪魔します。」

有希が杉ちゃんとジョチさんのいる応接室に入ってきた。ブッチャーは、じゃあ俺、仕事がありますからと言って、そそくさと部屋を出ていった。

「じゃあ、有希さん、水穂さんにご飯を食べさせるのを手伝ってくれるか?お前さんは誰にも必要と

されていないとかそういう事をいっている暇はないぜ。僕これから、おかゆ作るからさ。水穂さんの様子を見に行ってやってくれ。」

と、杉ちゃんがいうと、有希はまだ涙を見せていたが、杉ちゃんがそういうことをいったため、すぐに分かりましたと言って、急いで四畳半にいった。

四畳半に行くと、四畳半はエアコンがついていなかった。なんでまたエアコンがついてないでんでしょうね、と有希は、急いでエアコンのリモコンを探してつけようとしたが、リモコンは何処にもない。

「水穂さん、エアコンがついてないわ。これでは暑いでしょう。エアコンをつけて涼しくしましょう。」

と、有希は眠っている水穂さんの体をゆすった。水穂さんは目を覚まして少しせき込んだ。

「エアコンのリモコンは何処にあるんですか。こんな暑いんじゃ眠れないんじゃないんですか?こんな暑い中、熱中症になりますよ。」

有希がいうと水穂さんは、部屋の中に置いてある、机の引き出しの中から、エアコンのリモコンを出して、エアコンをつけた。しかし、エアコンの空気は、何だか黴臭くて、水穂さんは、せき込んでしまうのであった。

「大丈夫ですか。ほら、薬を飲みましょうか?」

と、有希が水穂さんの背中をさすったが、水穂さんはせき込むことをやめない。

「ほら、薬よ。せき込んでしまうのなら薬を飲みましょう。」

有希は水穂さんに薬を飲ませた。水穂さんは、やっとせき込むのをやめてくれた。でも同時に、この薬は、眠気を催す成分が入っているらしく、水穂さんは眠ってしまうのだ。

「これでやっと、静かに眠れるかしら。」

有希は、水穂さんに布団をかけてあげた。

「こんなに暑いんだもの。エアコンをかけてあげた方が良いわ。」

そう言っているのと同時に、杉ちゃんがやってきた。

「ご飯ができたよ!さあ、食わせようぜ。」

と、杉ちゃんが車いす用のトレーに、おかゆの入った鍋をおいてやってきた。

「ああ、水穂さんいま眠ってしまって。」

と、有希はいった。

「それに、こんな暑いときにおかゆを食べさせるのもちょっとまずいんではないかしら。こんな暑い中で、暑いおかゆではなくて、たとえば、お豆腐をやわらかくして食べさせるとか、そういうものの方が、良いのではないかしら。」

「うーん、まあそうだねえ。確かに、こんな暑い時におかゆはまずいか。まあいい。冷めたおかゆでも食べさせる事は食べさせよう。明日の食事から、そういう風に、工夫して食べさせるようにするよ。」

杉ちゃんは、有希にいった。有希も、

「杉ちゃんありがとう。いつも水穂さんのご飯を作ってくれて、ほんと助かるわ。あたしも頑張って水穂さんに食べさせるようにするから。」

とにこやかに笑っていっている。こんなに姉が早く、気もちの切り替えができるなんて、ブッチャーが見たら、大変びっくりする事だろう。

「じゃあ、とりあえず目が覚めるまで、ご飯はお預けかな。薬はすごい効いちゃうから、それまで待っててくれるか。みんな諦めで帰ってしまうけれど、有希さんなら待っててくれるな?」

と、杉ちゃんがいうと、有希は、分かったわといった。

「分かったわ。あたしは、待っている事ができるわ。どうせ、ほかの人とは違う人なんだから。すぐにできるわよ。」

「有希さん、それでは今日何があったんだ?」

と、杉ちゃんが何気なく聞くと、

「ええ、今日は、親が電話していて。」

と、有希は答えた。

「電話って何をしていたんだ?」

「ええ。ただ、母の姉が、階段から落ちて怪我をしたって知らせが入ってきて、それで母が、姉に電話をかけていたのよ。大丈夫かって。」

と、有希は、小さい声で言った。

「はあ、其れで何かあったのか?そんな事、よくある事だと思うけど?」

杉ちゃんがまた言うと、

「ええ、だって、私が精神関係で何回も入院しているのに、親戚も、周りの人も、連絡ひとつくれなかったわ。でも、母の姉は、単に怪我をしただけで、電話をかけてもらえるし、見舞いに来てくれる人もいる。この違いは何なのかなって、頭に来たのよ。」

と、有希は答える。

「まあそうだねえ。日本では精神をやんでいる者と、そうでないものが明確に線引きされてしまっているからねえ。」

と、杉ちゃんはいった。

「そういう差別的な扱い方しか、ないんだよね。」

「そうね。杉ちゃん。ごめんなさい。私は、どうしてもそのあたりが我慢できなくて。どうして周りの人は、そういうことができるんでしょう。私は、何でそういうことができないのかな。どうして、できる人と、できない人がいるのかしら。それは、なんで、設けられているのかな。それがなんで、私なのかしら。」

有希は、大きなため息をついた。

「そうだねえ。僕も、歩けないから、そういうことを考えることもあるけどさ。まあでも、どっちにしろ、できないことで何かになる事もあるかなあと思って、頑張って生きてるよ。」

杉ちゃんは半分笑い声をしながら、そういうことをいった。

「そうなのね。杉ちゃん見たいに、すぐに結論だせるんだったら、いいのになあ。私は、いつまでたってもできることはないもの。何もないし、働いてもいないし、何もたべていける手段もない、そんな世界で生きて来た女よ。」

有希は小さな声で言った。

「まあそうだけど、人生は、なんでそういう事をするのか、という事ばっかだよ。でもね、そういうことは、おわりじゃないんだよね。それは、何か別の事が始まるきっかけになるかもしれないよ。そう考えると、もしかしたら、又人生は変わるかもしれない。そういうことじゃないかな。」

杉ちゃんにいわれて、有希はそうねと一つ頷く。

「そうね。水穂さんも、そう思ってくれると良いわね。」

有希は、初めてそういう事をいった。いつも自分はだめだしかいわない人物が、水穂さんの事を口にしたなんて、非常に大きな進歩である。

「じゃあ、目を覚ましたら、ご飯を食べさせよう。もう、暴れる必要もないよね。」

と、杉ちゃんはにこやかに笑った。

一方そのころ。佐藤絢子は、自身の企画する小さな新聞の編集に取り組んでいた。最近は、なかなか小さい新聞に掲載する記事もなくなって来ている。最近は、専属の作家さんの投稿で、新聞を成り立たせているが、最近、喜ばしいニュースが少なくなってしまって、つまらないという抗議電話が入るようになってしまったのだ。

「この新聞、まだ続けて行くつもりですか?」

印刷所の社長は、絢子にいった。

「ええ、もちろんよ。富士に住んでいる限り、この新聞はつづけるわ。」

絢子は、そういうことをいった。

「でもですよ。絢子さん。富士市内であったことを、ただ新聞に書いて投稿させるだけの新聞なんて、何も売れはしませんよ。それに、提携している人たちは、みんな障害のある人ばっかりで、何も楽しくないじゃないですか。そんな新聞を読みたがる人なんているんでしょうかね?」

「いいえ、障害のある人が書いてくれる記事を、読みたがっている人はきっといるわ。その人たちの事を思って新聞は続けますよ。」

そういう意思の強い絢子に、印刷会社の社長はため息をついた。強い意思をもっているところは確かにすごいのだが、絢子自身、両手も両足もうごかないで、家政婦のおばさんに頼りっぱなしである。そんな人間が、専属の作家さんを集めて地方新聞を作るなんて、本来ならあり得ない話しである。

「そうですけどね。絢子さん、印刷会社をやっていくにしても、求めるものは利益というものですよね。皆さん投稿はしてくれるけど、身近なことばっかりで、全然新聞としては売りにならないものばかりじゃないですか。それをまた、あきらめないで刊行し続けるというのは、絢子さんは良くても、こっちは何もならないんですよ。」

「確かにそうだわ。でも、この新聞を求めている人は絶対いると思うの。その人がいる限り、刊行し続けるわ。」

印刷会社の社長は、意思の強い絢子さんに大きなため息をついた。

「絢子さん、いわせてもらいますが、重い障害を持っているからって、なんでも望みがかなうかと思わないでくださいよ。それなら小さな新聞はうちの印刷会社でなくて、別の会社で印刷してもらうようにしてください。もし、それでも刊行し続けたいんだったら、絢子さんが売れるようなネタを探して下さいよ!」

思わず社長はそう言ってしまった。絢子さんに対して配慮しなくちゃいけないとか、そういう気持ちは何処かにいってしまったようだ。

「そうね。なら私も、何か記事になりそうな事を探してくるわ。あなたに頼らなくても、私はこの新聞を作っている責任者でもあるんだし。」

と言い返す絢子さんに、そんな事は絶対にできないだろうなと印刷会社の社長は思いながら、

「じゃあ、かけそうな記事がみつかったら、連絡くださいね。絶対、その不自由な体では、みつからないと思うけど。」

とちょっときつい口調で言って、絢子のマンションから出ていった。

「お嬢様。一体どうするおつもりですか。私は、印刷屋さんのお話しにしたがった方がより合理的だと思ったんですが、其れなのに、そんなこと言うなんて。」

と、家政婦のおばさんは、絢子さんに心配そうに言った。

「お嬢様ではないわよ。もうお嬢様ではなく私は佐藤絢子よ。こんなところで口論しても仕方ないわ。すぐに介護タクシーを手配して。印刷屋さんのいう通りにするのよ。何か、記事にできそうな事をすぐに探しに行きましょう。」

そういう絢子に家政婦のおばさんも驚いてしまって、お嬢様はひとりで全く移動できない体なのに、どうやってネタを見つけるんですか、と言いたかったが絢子さんの表情を見て、それはいえなかった。

「分かりました。お嬢様は本当に意思が強いですね。まるで歩けた時とは別人のようです。歩けなくなってから、お嬢様は、本当に変わってしまわれた。そういうところ、何処でみについたんですか?」

家政婦のおばさんはそういうことをいうが、

「良いから、早くして!」

と絢子さんが言ったので、おばさんは急いで介護タクシー会社に電話し、一台よこして欲しいといった。そして、絢子さんの生活用品が入れてある鞄をとって、絢子さんの車いすのポケットに入れた。絢子さんは、自分で自分の身支度すらできなかったのだ。

数分後、介護タクシーがやってきた。とりあえず、絢子さんと家政婦のおばさんを車両に載せて、運転手はどちらまでと聞くと、絢子さんはとりあえず公園へといった。その中で下ろしてほしいという。運転手ははいわかりましたと言って、タクシーをバラ公園まで走らせた。相変わらず太陽はギラギラ照っていて、大変暑い天気であったので、家政婦のおばさんは、自分で帽子を被れない絢子さんを心配したが、絢子さんはそんな事は気にしないようであった。とりあえずおばさんに車いすを押してもらいながら、絢子さんは公園の中を移動していった。

すると、向こうから、同じように車いすに乗った男性と、一人の体格のいい女性がやってきた。二人は何か事情があるというわけでもなさそうだが、

「今日は。」

と絢子さんは声をかける。

「ああ、今日は。暑い中お散歩か?あんまりうごきすぎて熱中症にならないようにね。」

と、車いすの男性、つまり杉ちゃんがいった。一緒にいたのは須藤有希だ。有希は絢子さんの顔を見て、

「あのあなた、佐藤製紙のお嬢さまでは?」

と思わず言ってしまった。

「ええ、昔はそうでした。でも今は、このような体になったから、勘当されて、この家政婦のおばさんと一緒に暮らしています。」

絢子さんははきはきとそう答えるので、有希も杉ちゃんもそうなった理由を聞くことはしなかった。勘当されたというんだから、よほど大きな事があったに違いないので。

「そうなんだねえ。じゃあ、何か商売でもしているの?」

と杉ちゃんが聞くと、

「ええ。小さい新聞というローカル新聞の発行をやっています。」

と、絢子さんは答えた。

「そうですか。それは大変ですね。今時の読者はスマートフォンのニュースを読むのが当たり前で、新聞なんて読むのはよほどの年寄じゃないといないもんな。まあ、頑張ってやってくれや。僕たちも応援しているよ。」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ、それは承知してます。だから、できるだけ身近な幸せを、記事にして新聞として出すようにしているの。そういうことが新聞になったら、それは、素敵なことだろうなと思って。」

と絢子さんはいった。

「まあ、今は、こんなふうに気候もおかしくなっちまったし、梅雨の季節であるはずなのに、こんないい天気に成っちまっている。そういう世の中に、身近な幸せを書くのはすごい事だと思うよ。」

杉ちゃんは、ちょっと考えるような口調で言った。

「それで、お二人はどうして公園に出てきたの?こんな暑い中で公園を歩くなんて、よほどの事が無いとできないでしょ?」

と、絢子はにこやかに笑って、杉ちゃんにいう。

「いやあ、ほかの人には聞かれたらまずい話をしていたからな。」

と、杉ちゃんは言った。

「そうなの。それは、たとえば生活の話しかしら?それとも、精神関係の話しかしら?」

と絢子は聞く。

「ええ、まあそういう事だね。有希さんが、なんで私は、こんなに感じすぎるんだろうかって、そういうことを話してたよ。こわいとか、苦しいとかそういうことを、有希さんは感じすぎて、世のなかについていけないってな。こんなに危険だらけの世のなか、もう生きていけないってさ。」

と、杉ちゃんがあっさり答える。

「今の世の中って、ちょっとしたことですぐに大ごとになっちまうからな。それではいけないというわけじゃないけど、そういうことを感じすぎて、生きていけなくなる奴だっているんだよね。周りのやつはどうして何も思わないのか、有希さんは不思議だってさ。まあ、いってみれば、生きていたってしょうがないってことかな。」

杉ちゃんというひとは、こういう時になんでもあっさりしゃべってしまう癖があった。それが大事なことなのかそうではないのか区別もせずに話してしまう。そういうところは、杉ちゃんならではの発想かもしれない。

「そうなの。じゃあ、そのあたり小さな新聞に掲載してもいいかしら。悪いようにはしないわ。私は

ただ、そういうひとがいるってことを知らせたいの。それはわるいことでもなんでもない。世のなかはいつも強い人ばかりで成り立っているわけではないと、思うのよね。それを伝えたいのよ。」

絢子さんはいきなりそういうことをいった。

「それでは、有希さんの何を記事にしたいんだ?」

「ええ、そちらの方、有希さんが、世のなかに適応できないってこと、もう少し詳しく教えてもらえないかしらね。」

絢子さんの代わりに、家政婦のおばさんが記事にするためにメモ用紙を出している。絢子さんは自分で鉛筆も持てないのであった。

「ええ、あたしが何かの役に立つのなら。でも、私、病気になって長いからきっかけ何てとうの昔に忘れてしまったけど。今は、ほんのちょっとの事がすごく気になったり、それで泣いたり、こわがったりして、それで周りに迷惑かけて、その謝罪も自分ではできなくて、というダメな人間よ。」

有希は、絢子さんにいわれてそういう風に答えをだした。

「もういまは、私を理解してくれる家族と、それから一部の人が用意してくれた枠にそのままはまって生きるしかないわね。あとはようよう死ぬだけ。」

「そう。」

絢子さんは有希にそう小さく言った。

「そういうことは仕方ないかもしれないけど、時に、そういう人もいるってことを知るきっかけにだってなれるのよ。私もそのつもりで生きてるの。」

絢子さんのいうことを聞いて、

「やっぱり違いが出るのが、人間というもんだよな!」

杉ちゃんがカラカラと笑った。






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