第30話(最終話) きっと、ずっと


『遥、お誕生日おめでと~!! 』

「ありがとう~」


 忙しく過ごすうちに秋も深まって10月ももう終わるという頃、私はまた一つ歳をとった。


「ご馳走いっぱい作ったんだからたくさん食べてね! 」

「ありがと」

「ハルちゃん!! この春巻ねー、夢瑠が作ったんだよ。食べてみて! 」

「ありがと夢瑠……えっ……これなに入れたの……」

「春雨と木耳と蛸と林檎かなぁ」

「林檎!? 春巻って林檎入れるの!? なんか、変わった味する……」


 相変わらずの毎日。


 忙しい私を心配して、樹梨亜と夢瑠が誕生日パーティーを準備してくれた。もちろん、今年からは煌雅さんも一緒に。


「そういえば、今日はいないの? 」

「ん? 」

「遥の彼氏」

「そんなんじゃないって。それに仕事忙しいみたいだし」


 そう言われて重い気持ちを、また思い出す。


「大丈夫? 」


 樹梨亜がキッチンに消えたのを見計らって夢瑠がこっそり声を掛けてくれる。


「うん、大丈夫」


 彼氏……か。そんな風に話題に上っても全然うれしくない。


「お待たせ~、ピザ焼けたよ~! 」

「やった!! 樹梨亜のピザ好きなんだよね! 」


 料理上手の樹梨亜は最近さらに腕を上げた気がする。今までなら恥ずかしいとか言って絶対着なかったようなワンピースを着て、どんどん綺麗になっていくし、煌雅さんと微笑み合ったりして幸せそう。


 どこからどう見てもアツアツの新婚夫婦……パートナーロイドだなんて誰も気づかないと思う。


「そういえば……樹梨ママは? 」

「東京に出張。最近、多いんだよね」

「ふ~ん、じゃあ煌雅さんとふたりきり? 」

「ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでよ! 」


 顔を赤らめる樹梨亜、煌雅さんは優しい笑顔で眺めている。


「ママさんがいないのは寂しいですが、樹梨亜と二人はとっても嬉しいですね」

「と、取皿持ってくる」


 お皿ならあるのにキッチンへ消えていく樹梨亜。仲良く……やってるんだな。


「そういえば夢瑠さん、おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「すごいよね! また大賞なんて」


 夢瑠は二作目で有名な賞の大賞を獲った。ドラマ化も決まっていて、どんどん有名になって……これからきっと雲の上の人になっていく。


 それぞれの未来。


 私は、数ヶ月でそんなに変わるわけもなく……仕事して、相手も見つけて少しずつ……大人になろうとしている。


「そういえば水野さん、遥に会いたがってたよ? 」


 戻ってきた樹梨亜が何気なく名前を出す。


「あー……そうなんだ。来週、点検なんだけどまだ予約日決めてないからな」

「うん、それもだけど、気にしてたみたいだから彼氏出来たって言っといた」

「ありがと……」


 これでもう、ロイドを勧められる事もなくなる、そう思うとほっとする。温かいレモンティー……蜂蜜を入れて一口飲むと、甘さがじんわり染み渡っていく。


「遥って本当にレモンティー好きだよね、それもレモン入った酸っぱいの」

「うん……好きなんだよね」

「いい笑顔ですね」

「え? 」


 いきなりの煌雅さんの言葉に、驚いてしまう。お世辞にしては、やけにしんみりとした雰囲気。樹梨亜や夢瑠も驚いて煌雅さんを見ている。


「本当に好きな物を大切にしてください。きっとずっと、好きですから」


 核心を突かれた。


 本当に好き……。


 “笹山さん! ”


 思い出すワンコのようなくりっとした瞳。目が、じんわり熱くなる。


「ど、どうしたの、遥」

「ハルちゃん……」

「ごめん……」


 止められなかった……あふれ出す涙。


「ごめんね、遥。煌が変なこと言ったみたいで……」

「すみません、遥さん」

「ううん、違うの……煌雅さんのせいじゃないの……」


 しゃくりあげる私の肩を、樹梨亜が優しくさすってくれる。恥ずかしいな、あの事は誰にも言っていないのに、まだこんなにも泣けるなんて。


 全然、忘れられないなんて。


「ごめん……せっかくお祝いしてくれてるのに泣いたりして」


 みんなには申し訳ないけど、思う存分泣いてすっきりして、私の気持ちは決まった。


「樹梨亜、夢瑠……あのね」


 ふたりとも、そして煌雅さんの表情までも心配そうに見える。


「私……自分の気持ちに嘘ついてた。それに今、煌雅さんの言葉で気付いたの」

「遥……それって……」

「手遅れになる前でよかった……ちゃんと話さないとね」

「ハルちゃん……」

「あー! 泣いたらお腹空いちゃった、樹梨亜の唐揚げ食べたい! あと夢瑠の春巻も! 」

「うそ、春巻食べるの!? 」

「うん、なんか癖になる味かも」

「ハルちゃん……夢瑠ね、ハルちゃんのこと大好き!! 」

「夢瑠、抱きついたら遥が苦しいって」

「いいよいいよ夢瑠、私も大好き~」

「ちょっと夢瑠ズルい! 私も! 」


 私には、樹梨亜と夢瑠がいてくれる、それにタマも。だから大丈夫……一人になっても。


 自分の気持ちに素直になろう。


「じゃあ、またね」

「おやすみ~」


 楽しかったパーティーを終えて、一人になる帰り道。


 いつ話そうか……連絡するのも気が重いけれど、きっと返事を待っているはず。


「遥」


 見慣れた車が目の前で停まる。


「どうしたの? 」

「どうしたじゃないよ、連絡したのに」

「ごめん、樹梨達と盛り上がってて」

「乗って、送るよ」

「ありがと……」


 何度目だろう、この車に乗るの。


 助手席に乗り込むと車は静かに動き出す。


「楽しかった? 俺も行きたかったな」

「うん、楽しかったよ。樹梨亜、料理上手でね、唐揚げとピザが美味しいの」

「へぇ~、遥は料理すんの? 」

「私は……あんまりかな」

「そっか、食ってみたいんだけどな。今度作ってよ」


 さり気なく合う視線、なんとなく続く会話、昔より大人びた横顔。


 少し前に再会した中学の同級生、理玖りくとは何度か食事に行って……結婚前提の交際を申し込まれている。


 理玖りくならお互いの両親も顔見知りだし、樹梨亜や夢瑠とも自然に話せる。お互いの事をよく知っているし……とりあえずロイドだったなんて事は、有り得ない。


 公園や花火なんて、子供みたいなデートじゃなくて、おしゃれなバーや海辺をドライブ……年相応の大人のデート。今の会話だって結婚後の生活を見据えての事だと思う。


 海斗と出逢っていなかったら疑問も持たずに付き合って、結婚していたかもしれない。


 でも今の私は……恐ろしいほど理玖りくにときめかない。


 今でも、二度と会えない海斗の事ばっかり、ずっと考えている。


 車が家の前に着いてゆっくり停まる。


「遥……俺達、きっとうまくやっていける」


 説得するような視線。


 顔が近づいて唇が……触れそうになったその瞬間、私は俯いて理玖りくを避けていた。


「ごめんなさい……」


 少しずつ、私から離れる理玖りく


「どうして……俺じゃだめ? 」

「ごめんなさい……好きな人がいるの」

「好きな人? そいつと付き合うのか」

「付き合うとかじゃないけど……忘れられなくて。こんな気持ちのまま理玖りくと付き合えない」


 言ってしまった……広がる沈黙。


 理玖りくの溜め息。


「そっか、わかった」


 思った以上にあっさりと終わる私達。


「元気でな」

「うん、理玖りくもね」


 車から降りてさよならをする。


 大してモテるわけでもない私に、降ってきた結婚の話。


 断ったら一生、一人かもしれない。


 恋のときめきなんて子供みたいな理由で、理玖りくの気持ちを踏みにじるのは間違っていたのかもしれない。


 でも、受け入れる事は出来なかった。


 “好きだよ、遥”


 叶いはしない、幻のような誓い。


 二度と会えない人に人生を賭けるなんて、きっと間違っているけれど、私の心は一人だけ……いつも海斗の事を想っている。


 理玖りく、ごめんね……そしてありがとう。


 こんな私との結婚を真面目に考えてくれた、初恋の人。中学生の私が聞いたら泣いて喜んだと思う。


 車が走り去った先を少し眺めた後、背を向けて家に入った。







「おっはよ~、はるちゃん朝だよ」


 そして始まった26歳、初めての朝。


「おはよう、タマ」

「公園行くでしょ? 支度するね」


 いつも通り支度をして送り出してくれるタマ。あれから毎日、公園に通っている。


 どんなに期待しても、何周走っても、もう海斗はここにはいない。


 “よかったら一緒に休憩しません? ”

 

 海斗と座った思い出の場所。ここで休憩するのも、今の私の日課の一つ。


 ぼんやり眺める空は、薄くて……寂しそうで。


 あの日、あんなに近かった青空は……海斗と一緒に遠くなっていく。


 目を閉じる……風が、通り過ぎていく。


 海斗……怪我、治してもらったかな。元気に暮らしていてほしい。私の事なんて忘れていいから。


 目を開くと、見えるのはあの頃と違う景色。今の私、季節と一緒には……進めないみたい。


 “好きだよ、遥”


 そう言ってくれた愛しい人を、忘れるなんて出来なかった。


 密かに、そっと想ってるだけならいいよね。誰にも言わない、私だけの……秘密にするから。


 “海斗……大好き”


 もう少しだけ、そう言わせてね。



 〈終わり〉




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